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森瑤子 情事

忘れられない戦慄だった。
読み手の奥底を揺さぶるような文体。
人間の持つ曖昧な感覚を具現化させる表現。

私が幼い頃から抱え続けてきた
空虚や寂寥や消化不良を
全て文字として起こして下さった作家でした。

内容は独白体で終始書かれ
既婚の主人公が独身の青年と出会い
自分が既婚であることを伏せて
背徳でありながら青年に惹かれて行く心模様、
抱えている懊悩や精神的な欲望や
涙や虚構やを剥き出しに描いており
別離を迎えた時の主人公の
一種爽快感や決断や寂しさや申し訳なさやらが
「乾杯(チアース)」の一言に凝縮されて
何とも言えない余韻を残したまま
物語は終わる。

私は読書らしい読書をしたことがなく
18歳でこの作品に出会うまで
小説というものは「読まなければならないマスト」的にしかとらえていなかった。

人間の持つ生の感情や空気感を
えぐるように見せて行くこの作品で
私は小説とはその人自身の思想や姿勢を
生で感じ取れるものでもあると知ることができた。

この作品に影響されて、
人の心を描き、赦し、肯定から始める
そんな作品を自分も書けたらと願うようになり
森氏に関わらず様々な純文学やジャンルを問わない活字作品を読み漁るようになった。
インプットされる側の受け皿如何で、
アウトプットは進化して行く。

しかも森瑤子氏は音大バイオリン専攻。
私も文芸部には居たが芸大ピアノ専攻であり
音楽に身を浸しながら執筆するシンパシーと同時に、18歳19歳の私には後の作品は生き方のバイブルとなるほど引き込まれた。

森瑤子氏の作品はほぼ全て読み尽くしている。
彼女の物語の描写やエッセイにある
全てを受け止める男気と
家族には全力で愛を捧げる(少し滅私的ではあるが)
姿、
そして頃合いを選んだ踵の返し方、
それらは自分にどんどん吸収されていき
血肉となり私の中にまだ流れ生きている。

自分を大事にすることは大事
自分は誰かの幸せのためだけに生きていない
自分を傷つけるものからは踵を返せ
鼠や虫に逃げ惑う日常でも、母となれば獅子と戦え
自分のご飯は自分で自分の口に放り込め

というような今の私の脊椎に流れる指針を
残してくれています。

逝去から約三十星霜。

私の生き方や私の生命に
今も森瑤子氏は生きています。

さらに光を放ちながら。

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