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連載小説:球影#13

 
 その翌日だった。
 しばらく停滞していた三つ目の案件が動いた。長期的に展開する内容のもので、一ヶ月ほど前から極秘裏にかかわっていた。ようやく、全容が見えてきた。
 私は読み返した報告書をデスクの上に置いた。委託さきからあがってきた数十枚の書類で、本件の調査結果が詳細に記されていた。段階を踏んで、数回にわけてまとめられてある。最初に連絡があり、一度目の報告書を受けとったのが、約一ヶ月前だ。最新のものを数時間前に受けとった。手渡される際、口頭でいくつか補足の情報を聞いた。それで、あるていど事態が決定的となった。
 一連の報告に疑う余地はなかった。すべて、裏づけがとれていた。ただ、いくら考えても、今後どう対応すればいいのかが見えてこなかった。本件には、細心の注意を払わなければならなかった。
 朝からGM室にこもっていた。私は立ちあがり、壁一面がガラス張りの窓際に歩みよった。球団事務所は高層階にあった。眺望を遮る建物はなく、本拠地球場のバックスクリーンが数百メートルさきに小さく見える。そのむこうには、高さ百メートル以上ある電波塔。さらにそのはるかさきには、標高千メートル級の山岳。
 コーヒーを入れ直し、ふたたびデスクに着いた。いま一度、頭のなかを整理した。
 近年日本のスポーツ産業界にも、プロ野球などスポーツのデータを商品としてあつかう企業の台頭が見られる。それぞれが、各機構とはつながりのない独立した一企業だ。われわれもそういった企業のひとつと契約を結び、定期的に情報提供を受けていた。通常の球団業務では手のまわらないデータの収集や、われわれ球団の分析が正しいかどうかの確認作業に使うためだった。年間にするとそこそこの額を支払っていて、守秘義務など細かいとり決めを定めた契約書もかわしていた。
 そこに、裏の調査部門があった。投、打、守、走といったプレイのデータではなく、グラウンドの外の情報を提供する特殊部門だ。球団に関するあらゆる事象にアンテナを張り、なにかあればすぐに専属の調査員が詳細に調べあげる。費用を上乗せして、その契約も結んでいた。 
 その裏のアンテナにひとり引っかかった、と報告が入ったのは先月だった。
 詳細を聞く前から、これはやっかいな案件になると思った。その選手が、実力、人気、存在、すべてにおいてうちの主力中の主力だからだった。今季もフル出場でチームをけん引する働きを見せていた。入団当初から紳士的なイメージのある二十一年目の生えぬきだった。球団だけではなく、球界の顔でもあった。
 きっかけは国際郵便物だった。
 八年ほど前から、定期的にその選手のもとに小包が届いていた。毎回同じ国から。送り主は、その国の田舎町にあるアンチエイジングの診療所だった。あいだにダミーの会社を介していて、その選手は直接受けとっていなかった。支払いも他人名義の口座からだった。一連の流れのなかで、本人の名前は一切でてきていなかった。だから、発覚が遅れた。
 小包の中身はいつも同じだった。調査員が現地までいって確認をとっていた。ある外国人選手の身辺調査の過程で偶然引っかかった情報だった。氏名や物品を証明する書類や画像も、最新の報告書のなかには入っていた。
 hGH。その選手が買っているのは、スポーツ界では禁止薬物に指定されている、ヒト成長ホルモン薬だった。
 日本のプロ野球界にも、ドーピング検査はある。
 機構が執行する、試合後無作為に選んだ選手から採取した尿の成分検査だ。年間を通してたいした人数は実施しないが、検査は正当かつ公平におこなわれる。むろん、陽性反応のでた選手には罰則が科せられる。
 制度の歴史は浅く、罰則を受けた選手はまだほんの数人しかいない。あくまで正式の処分の話で、グレーゾーンや噂のある選手はもっと大勢いた。過去には、陽性反応がでたにもかかわらず、制度ができたばかりの啓蒙期間という理由で、罰則どころか公表すらされなかった事例もあった。現役中まったく表面化せず、引退後数年たってみずから使用を認めた選手もいた。
 ただ、ここまでの大物がドーピングで問題になった事例はこれまでに一度もなかった。hGHの使用が公になった事例も、日本球界ではまだ一度もないのが現状だった。
 本件がやっかいな理由はそこにもあった。
 薬物の種類が、ステロイド系、ステロイドの痕跡を消す系、アンフェタミンなどの興奮系であれば、尿検査であるていど発覚する。薄毛や目の充血など、なんらかの肉体的副作用も見られやすい。アンフェタミン系にいたっては、成分が覚せい剤とほぼ同じで、正規の手順を踏んでいなければ所持だけでも問題が生じる可能性もある。もしくは、即逮捕だ。だがhGHは、たとえドーピング検査の対象となっても、現状の尿検査では検出が難しい上、使用も所持も法には触れず、あからさまな外見の変化も見られない。プレイパフォーマンスの向上維持が、日ごろの節制やトレーニングの賜物なのか、ドーピングによる不正行為の恩恵なのか、判断が難しいのだ。
 これが、発覚したのが外国人選手であれば話は早かった。金銭などの条件面で交渉を難航させ、あえて契約更改を決裂させる。あとは他球団に手をまわし、日本球界から干して終わりだった。
 本件はそういうわけにはいかなかった。うかつに触るには対象が重すぎた。かりに球団で血液検査を強要して、陽性反応がでたとしても、あとの処理に困る。逆に陽性がでなければ、遺恨が残る。見て見ぬふりをして、一切触れずに放置するというのも、選択肢のなかのひとつにあった。
 私は報告書の束に手を伸ばした。作成された日づけ順に、きれいにそろえ直した。考えた。休日の午後だった。携帯端末をだした。
 電話にでた柴田は、いま自宅にいるといった。球場からも球団事務所からも徒歩圏内のマンションだった。休みの日に申しわけないと前置きして、事務所に呼びだした。
 二十分ほどでノックの音が聞こえた。
「どうかされましたか、GM」
 入ってくるなり、柴田はいった。デニムにトレーナーといったラフな恰好だった。
「すまんな、休みのところ呼びだして。ちょっと最近の選手のようすが聞きたくてな」
 私は柴田とむかい合ってソファに座った。柴田は質問の意味をはかりかねていた。柴田は名実ともに球団内での序列が私につぐ最高幹部だった。その柴田にすら、まだ本件の存在は知らせていなかった。
「なにかあがってきていないか、おまえのところに」
 球団組織内にも独自の情報網はある。それで、大事にいたらなかった事案もあった。人間関係がらみ、金銭がらみ、女性がらみ。犯罪がらみは、まだない。昨年、二軍の無名選手がステロイドを使用している情報をつかみ、表沙汰にになる前に処分した。ドーピングに対する球団の方針は、公になる前に球団内で処理、だった。むろん、根絶が前提だ。
 しばらく沈黙がつづいた。昨年のステロイドのときも、ふたりのあいだで同じような沈黙があった。柴田もそれを思いだしたようだ。
「ドーピング、ですか」
「あるか、心あたり」
 柴田は首をふった。
「昨年の一件以来、とくになにも」
「おまえの目から見て、いまだれかいるか。われわれふたりだけの会話だ。仮定でいい」
 柴田はふたたび黙った。その後、ひとりの選手の名前を口にした。本件の対象選手だった。
「理由は?」
「GMがここまで慎重になっていること。われわれ球団の情報網に引っかからないくらいうまくやれていること。資質や年齢に対してプレイパフォーマンスが不自然に高いこと。そうやって考えていくと、いまうちで該当するのはひとりしかいません」  
 私は立ちあがり、デスクの上に置いてあった一連の報告書を柴田にさしだした。
 読み終えても、柴田の表情は変わらなかった。
「まあ、黒は黒でしょう。状況証拠がこれだけそろっています。しかし証拠はあくまで買っていることに対してで、使用している確証はどこにもありません。そして、今後この事案にどう対処すればいいのか、私には判断しかねます」
「わかった。現状、私の考えもそう変わらない。やってもらいたいのは今後のシミュレーションだ。放置をふくめ、どう対処するのがいちばん球団に損害が少ないか。チームの戦力や成績といった限定的なものではなく、球団として今後十年を総括したときに、なにがプラスでなにがマイナスかを精査してほしい。指示があるまで、ほかの幹部たちにも極秘だ。部下は使わず、当面は単独で作業を進めてくれ」
 柴田が帰ると、私は各方面から集めた海外の事例をまとめた資料に目を通した。大物アスリートがドーピングで引っかかり、処分を受け、復帰し、現役を退き、その後どんな生活を送っているかなどがこと細かく記されていた。
 野球にかぎらず、スポーツ選手のドーピングは、日本よりも海外のほうが圧倒的に多い。だがじっさい黒と判定され、正式に処分されたビッグネームとなると、海外でもそう多くはなかった。
 資料を置き、きょうのスポーツ紙を手にとった。昨夜、オールスターの第二戦があった。本件の対象選手もスタメンで出場した試合だった。もう何年も連続で出場していた。きのうの試合でも勝利に貢献する活躍を見せ、MVPを受賞している。その功績が、各紙の一面を飾っていた。
 年々注目度が落ちている、といわれているオールスターだった。それでも、全体にあつかいは大きい。とりわけ、MVPをとった渦中の選手を書いた記事は多かった。
 ひと通り、目を通した。
 内容は、ほとんどがプレイの客観的解説か、活躍に対する称賛だった。あとは、それにまつわる逸話だ。当然、どこをどう読み解いても、ドーピングと関連づけるような文面は見られない。
 書類とスポーツ紙をを片づけ、でかける支度をした。
 オールスターが終わった翌日で、きょうはどの球団も試合はない。練習も、個別のものはべつとして、チーム全体のメニューはどこも組んでいないだろう。
 GM室をでると、私はなにから手をつけていこうか考えながら、エレベーターで地下の駐車場へむかった。
 どこへいくかは、車を走らせてから、決めた。


         球影ー了



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