年をとったせいではないよと念を押す
彼女に会うと必ず「お父さん元気ですか」と聞いた。そして「あの時、懐中電灯を貸してくれた。月の出ていない夜で、本当に助かったんだ」と、中3の時の出来事を昨日のように話した。
会うといっても5~6年に一度だから、中学卒業後10回程度のものである。「同じ話だが時間が経っているから許せるかな。年をとったせいではないからね」と念を押すのを忘れなかった。
あの時、友人家で遊び過ぎた。夜の8時ごろ酒店の前を通ると、彼女の父親が出てきて「きょうは真っ暗だからこれを使って」と懐中電灯を貸してくれた。その灯りを頼りに約4㌔歩いた。
いつだったか「お父さんお元気ですか」と聞いたら「父は昨年7月亡くなりました」という。しばらく沈黙、話が弾まない。「あの時、懐中電灯を…」と切り出すと、やっと笑顔を見せた。