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ふるさとは岩手です

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遠野雑記帳あれこれ。思い出すがままに...。
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#遠野雑記帳

カッパ淵の主「ふるさと万歳」で紹介

遠野に伝わる「カッパ伝説」。皆に慕われた阿部与市さんは、平成16年2月15日午後11時48分、急…

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昭和41年上京バンザイ風呂なし4畳半

上京後の生活(09年9月24日)朝日新聞社会面の砂時計(9月20日付)で、岩手・遠野市出身の不…

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おもちゃが出てきて感動/遠野雑記帳

お墓を掘り起こした(09年6月14日) 帰省した時に、祖父の戸籍謄本を初めて見た。私は8人き…

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母ひとり、ハンカチ振っていざさらば

遠野駅での歓送会 (05年2月23日)数十年前の3月、遠野駅から夜行列車に乗って上京した。出…

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30年前挙式懐かしい神社/遠野雑記帳

遠野郷の鎮守の神(05年2月25日) 遠野物語の序文に「天神の山に祭ありて獅子踊りあり」とあ…

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共学校も校歌に東北男児/遠野雑記帳

東北男児(05年3月3日) 高校の校歌の2番に「天下に誇る 東北男児」という一節がある。男…

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会社に先輩第一印象最悪/遠野雑記帳

遠野市出身の先輩(05年3月14日)もう退職されたが会社に遠野市出身の先輩がいた。入社した時に、総務部の人から「君の高校の先輩が編集局にいるよ」と言われてあいさつに行った。 大学なら珍しいことではないが、田舎の高校の同窓生が同じ会社にいるのは稀なことだった。縁とは不思議なものである。ただ、第一印象は最悪といえた。あいさつしても返事がなかった。 あとで、仕事が忙しい時間帯ゆえの素っ気なさと知った。一緒に遠野に帰ったこともある。先輩の家は前から知っていた。親戚の人も来て10人

講堂に暗幕張り映画鑑賞/遠野雑記帳

映画が好きだった(05年3月14日) 高校時代は月に10本映画を見ていた。「中劇」の真横に住ん…

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忘れちゃうトンネルの数/遠野雑記帳

釜石線のトンネル(05年3月8日) 小学5年生の時、修学旅行で宮古に行った。遠野から釜石に…

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花束贈呈はお金持ちの娘/遠野雑記帳

バス開通の思い出(05年3月6日) 小学低学年のころ、私の町にバスが開通した。終点のバス停…

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その女性は笑顔で帰った/遠野雑記帳

大願成就記念(05年3月3日)実家の目の前に小さな祠がある。3本の杉が三角形に立ち、その中…

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シンボルは高さ54㍍奇岩/遠野雑記帳

小友町の巨岩(05年2月27日) 遠野市小友町の「厳龍神社」は、高さ約54㍍の直立した奇岩(不…

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女先生のたばこ格好いい/遠野雑記帳

先生が教室で喫煙(05年4月25日) 父のたばこをよく買いに行った。煙管をきれいに洗うのも私…

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祭りを見に2時間も歩く/遠野雑記帳

キャラメル(05年3月23日) 釜石線には無人駅が多い。私が利用していた鱒沢駅も岩手二日町駅もいつの間にか無人駅に。駅員が常駐しているのは主要駅だけだが、無人駅にしても不都合はなさそうだ。 お祭りを見に行くため父と一緒に岩手二日町駅へ。タッチの差で列車に乗りそこね、約7㌔の道程を徒歩で向かった。どうしてバスを利用しないのか不思議だった。おそらく便が悪かったのだろう。 キャラメルを買ってもらい、食べながら歩いた。日影橋を渡ると町が見えてきたが、子どもにとってそれからがまた遠