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3年間の恋と故郷の海に咲く花

教室から海が見えた。

特別なことだったのに、あの頃はそれが日常で、特別だったと気付いたのは大人になってからだ。

中3の春に彼が出来た。同じ部活のキャプテン同士。付き合って数ヶ月だった私たちは、だからあの夏、毎日が楽しくて仕方なかった。

1学期の終業式が終わり、彼とそのまま海へ繰り出す。これから始まるワクワクを自転車かごに入れて。途中、一件だけあるデイリーヤマザキでサイダーを1本ずつ買った。


海へ続く坂道を下りながら、私はaiko、彼はゆず。それぞれの夏ソングを大声で口ずさむ。全然違う曲なのに、まるでハーモニーのように重なって、自転車の速度と比例して気持ちも加速する。

ジャングルのような草のアーチをくぐれば、眼下に広がる青のグラデーション。空と海との境界を探した。

「うみーーー!!」
その雄大さに何度来ても叫んでしまう。

夏の空にポップコーンのような入道雲が膨らみ、はぜている。まるで、これから始まる夏休みを思う私たちの心のようだった。

***

「そんな行くと後悔するよ〜」
波打ち際ギリギリに木の枝を刺す遊びをしている彼に向かって私は叫ぶ。
「今、後悔しなくていつ後悔すんの?」
と彼はいう。確かに。

全く納得出来ない理論なのに、それでも私をヤンチャにさせるのは、今日が夏休み初日だからだ。

結局2人は海水でベタベタ、足は砂だらけになり、「ハンカチ1枚じゃどうしよもないな」と笑って、早速後悔した。

それが良かった。

砂浜に腰をおろし、サイダーを開ける。プシュっと音がして、目の前の波のような泡。口に入れると爽やかな甘い炭酸が弾けた。





ふと横を見れば、小さな可愛い花が海の風に揺れている。朝顔に似た花。

“男に、花の名を一つ教えておきなさい”と書いていたのは、どの名作だっただろうか?そうすれば、別れても毎年思い出すと……。

可憐な花を見ながら出た発想が、あまりに可愛くなくて笑ってしまう。


「あの花、なんて名前か知ってる?」
「朝顔でしょ?」
「違うよ。朝顔に似てるけど、あれは昼顔。浜昼顔っていうんだよ」
「へえ、浜昼顔か」

あまり興味は無さそうに、ただ彼は私の言葉を繰り返した。

***

特に示し合わせた訳ではないけれど、私たちは同じ高校に進学した。

高校の廊下で初めてすれ違った時「制服いいじゃん」と言ってくれた彼に、私の心臓は大きく鳴った。咄嗟に返事は出来なくて頬が熱くなる。

「今の誰?」高校で仲良くなったクラスメイトに聞かれて「同中の友達」とだけ答えた。関係は今までと変わらないのに、新しい環境がソワソワさせる。


中学と違って、別の部活に入った私たちは、時間が合えばたまに一緒に帰った。同じ方向に自転車をこぎながら、互いのクラスのことや部活のことを報告する。


インターハイを目指して部活に夢中だった私と、数年後の進学を見据えて勉強に励む彼。それぞれの夏がやってきたその年、地元の海には行かなかった。

***

少しずつ、少しずつ。
見つめる先と歩む方向が違う私たちの距離は広がっていった。気持ちは変わらなくても、そんな現実を前に互いにどうしたら良いのか分からない。

共通の話題は減っていき、帰り道でも無言になる時間は増えた。どうにかしたいのに、どうにもならなかった。

そして迎えた高2の夏。
学園祭。



私たちの高校では古くから「ファイヤーストーム」という伝統行事がある。

学園祭のフィナーレに、校庭に組んだ炎の周りを伝統の歌に合わせて舞う。男子限定の行事だ。

ファイヤーストームの練習では、上級生である3年生が1.2年生を指導する。その指導も今では時代遅れと言われてしまうような厳しいもの。

それでも70年あまり続く伝統を守ろうと、そのしきたりは受け継がれていた。

薄暗い時間から始まり、ファイヤーストームが終わればエンディングの花火が校庭の空に打ち上がる。

その後、女子生徒は労いの意味を込めて男子生徒にプレゼントを贈る。かつては、お弁当などを渡していたらしいが、今ではジュースが定番だ。

カルピスかカルピスソーダ。
義理の人へはカルピスを。
本命にはカルピスソーダを。

本命のカルピスソーダには「私を振らないで」の意味が込められている。


ファイヤーストーム後の女子からのプレゼントは、告白タイムの始まりだった。

ジュースと交換に、男子生徒の頭に巻いたハチマキを受け取ればカップル成立だ。



暗くなった校舎裏で彼を探す。見つけたと思った瞬間、既に彼の前には1人の女子生徒が立っていることに気づく。

「彼女さんいるって知ってるんですけど……」

少し声が聞こえて、私は思わず建物の陰に隠れた。カルピスソーダを持つ女子生徒の声は震えている。見てはいけない気がして、私はその場を離れた。


同じジュースなのに、私とその子の物とでは、口に含んだ泡の新鮮さも違う気がする。渡して良いのだろうか……そんな思いが頭から離れなかった。


少し時間を空けて、彼の元に行った。

「お疲れ〜」何ごとも無かったように明るく言ってカルピスソーダを差し出すと「おー、サンキュー」とハチマキを渡された。

当然渡されると思っていたコレらに、私たちの本当の想いは乗っかっているのだろうか……。


少し離れた、あちこちからカップル成立を告げる歓声が響いている。それを2人してぼーっと聞いた。

帰り道。髪を揺らす風が少し涼しい。夏は間もなく終わろうとしていた。



3年生の春。
いよいよ受験生になった私たちは忙しさを言い訳に、どちらからともなく連絡が途絶え、関係は静かに終わっていった。

彼が一浪して県外の大学に進学したことも、私は地元の友達を通して知ることとなる。

***

卒業から2年後の成人式。中学単位で行われた二次会で彼と再会した。

「よっ、久しぶり!」

そう言って笑う顔は、あの頃と少しも変わらない。互いに手に持つ物は、ジュースからビールに変わっていた。

軽く乾杯して口に含む。大人の仲間入りをしたとはいえ、まだ慣れないホロ苦さが2人の眉間にシワを作った。

炭酸が舌で弾けて、あの海を思い出す。


「そいえば、夏に海行ったよな」

同じ光景が浮かんでいることに驚きながら「懐かしいねー」と返した。


「なんだっけ、あの花……」


予想していなかった言葉が彼の口から出てきて、何の返答もできない。

「あ、浜昼顔だ!」

その言葉が嬉しくて「よく覚えてたねー!」と反応する声は大きくなった。

青空と波音が蘇る。


少しして、私は近くの友達を見つけると「それじゃ、お互い二次会楽しもうね」と、その場を離れた。


本当はもっと話したかった。


けれど。あの時の思い出を大切に残しておきたかった。

着色も上書きもされずに。
あの夏のまま。

***

浜昼顔は、タンポポやハルジオンのように道端でよく見る花ではない。

だから。季節が巡っても、毎年あの夏を思い出すことはないだろう。

それがいい。
それくらいがいい。

今年も夏がやってきた。
今頃きっと、あの花は砂浜の端で咲いている。もう2人とも住んでいない故郷の風に吹かれながら。



登場する私たちの母校は『1リットルの涙』の作者、木藤亜也さんの出身高校でもあります。また、登場する海では2020年にNHKの朝ドラ『エール』のオープニング撮影が行われました。

あとがき


コチラから→『ファイヤーストーム』の実際の映像を見ることができます。
※CBCテレビ公式ドキュメンタリーより

動画には高校生のカルピスソーダ告白シーンも登場しています(9分50秒くらいから)



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バトンを渡して下さったのは業務委託でFPをされている畑野あきこさん。

身近なお金のことをマネーエッセイで記事にされています。

お金の話題は近しい人と話しづらいけれど、大切なこと。是非身近なマネーエッセイ読んでみて下さいね。

私は、こちらのご褒美記事が好きです。


次の走者はNissy大好き20代、等身大の瑞々しい文章が素敵なここさん!

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