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あなただけの宝箱

観光していると、人の多いメイン通りから1本逸れた脇道を歩くことがある。民家と民家に挟まれた細い通路は、いつだって不思議な光を放っている。

吸い込まれるように、その道を選べば、先ほどとは、まるで別世界。

喧騒から離れた小路は涼しく、歩みを進めて行くとふいに、転がっている生活の欠片に触れる。

家の中から賑やかな声が聞こえたり、食事のほのかな匂いが鼻をかすめたり……。

玄関先に、色とりどりの花の植え込みやメダカの水鉢を目にすれば、そこに暮らす人の宝箱を見せてもらえたような気持ちになる。

日常の中で、そっとある幸せ。


娘の机の引き出しには、宝箱が入っている。

空になった、ムーミンの赤いクッキー缶。そこに、娘は“大好き”を日頃から収集してギュッと詰めこんでいる。

娘が宝物を集め出したのは幼稚園年長から。もう3年になる。

綺麗にパカッと割れた石、高得点のベルマーク、お友達と交換したミニ消しゴム、大好きなヨシタケシンスケの“おしっこちょっぴりもれたろう”の付箋、2歳から着ていたパジャマのアップリケ部分……。

統一感は全くない。けれど、「コレは私にとって宝物」と、そのときどきに感じた物が、缶に収まっていく。そこに迷いはないようだ。

時々、娘は嬉しそうに中身を見せてくれる。

「今日は学校でツルツルの石を見つけたから、家に帰ったら宝箱に入れようと思ったの」

日常生活で、頭の片隅に“宝箱”があるってすごくいい。


私は娘のような、宝箱は持っていない。

でも、キッチンの一番上の引き出しには“ここぞ”という時に飲む、いつもより少しだけリッチな紅茶や美味しいクッキーのストックがある。

中学時代の恩師の手紙や小説の美しい言葉を集めたノートがある。

それらは私にとって宝物だ。


慌ただしさに疲弊したり、普段は気にならない言葉がチクッと刺さる瞬間は誰にでもある。最初は小さな傷でも放おっておけば化膿してしまうから注意が必要だ。ポイントは傷が浅いうちにケアすること。

だから。

そんな時こそ「私にはアレがある」と思える存在で、たっぷりどっぷり自分を癒やす。


ベランダの花、メダカのビオトープ、家族の存在、美味しい食べ物、断捨離してスッキリした部屋、お気に入りの本、推しの写真、誰かの言葉……。

人によって宝箱の中身は全然違うはず。

中身が何かは重要ではない。大切なのは、いつも心と頭の片隅に宝箱を持っておくこと。そして、少しだけ自分に変化があった時に“とっておきのアレ”を迷いなく取り出すこと。


間違えなく心の添え木になってくれる。

日頃から自分の好きにアンテナを張って、宝物と感じる“とっておき”を事前に仕入れておくのだ。


たとえ小さくても、張り詰めた心を少しユルっとさせるような。その存在が支えてくれる瞬間がきっとあると思うから。
あなただけの宝箱、今なら何を入れますか?

並べて見せてくれた宝物の一部

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