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通学路のにおい

今年で大学4年生になる。

でも、4年生になってからまだ一度も大学に行っていない。緊急事態宣言が解除されてから外出自粛ムードは気付けばゆるゆるになっていて、にも関わらず私の通う大学は基本的に入構禁止だ。この状況では仕方ないけれど、片道2時間かかる通学がこんなに恋しくなるなんて思いもしなかった。


きっと今頃、大学近くはくちなしの花が咲いている。

わたしが通うキャンパスはそこそこに大きな敷地を擁していて、正門以外の門も無数にある。学部棟近くの裏門から、2つある最寄りのうちのひとつへと向かう道の道中、学生のほとんどが気付かない場所にくちなしはひっそりと咲いている。

その近くを通るとき、鼻をかすめる甘くて柔らかい香りに、うっとりしては「くちなしだ」と思う。

そこにあると分かっているのに、毎回、「くちなしだ」と心の中で唱えるのだ。 


高校の通学路は決まって秋に金木犀が咲いていた。

15分ほど歩くと現れる急勾配の坂道の途中で、高校生の私もやっぱり、その香りに気付くたびに「金木犀だ」と唱えていた。


くちなしも、金木犀も、その香りが好きなのだけれど、小学生のときは夏になると通学路にカメムシのにおいがした。カメムシが集まるその植物は(写真でカメムシが出てくるのが怖くて調べてないので名前も分からないけれど)それ自体もカメムシの匂いがした。

そして、その光景は、私にとって強烈な小学校の記憶なのだ。


未だにその匂いに出逢うと、ランドセルを背負っている気分になる。

カメムシが信じられなぐらいぎっしりひっついている蔦がコンクリートの斜面を覆ったあの道や、小学生でも2人横に並んでは歩けない狭い歩道を思い出す。


予備校に通った一年間を思い出すのはジャスミンの匂い。

丁度予備校に行くために毎朝バス停へと駆け下りていた途中に、そんな香りがする場所があった。(未だに咲いている姿を見つけたことがないので、もしかしたら幻かもしれない)


くちなしはその香りが好きなので、ガーデニアと名のつく香水を探しては、本物との違いにがっかりする。くちなしは香りの再現が難しいらしい。だから、いつも、ほんとうのくちなしを香るときは特別な気がして、年に何度かのその機会がとても愛おしかった。


もう、くちなしが咲いてるうちにその道を通ることなく学生生活を終えてしまう。

二度と来ない通学時間、通学路。


でも、きっと、くちなしの香りに出くわすたびに、私は大学までのあの道を思い出すだろうし、金木犀も、カメムシの匂いも、ジャスミンも。


それぞれの通学路に、偶然ただよっていたにおい。

それらはどれも、私を当時に連れ戻してくれる愛おしいにおいとして、ずっと忘れない気がする。




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