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政治家の滅私奉公性を減らす方法

前回記事はリーダー職の滅私奉公性と、それゆえの女性の社会進出における主夫の必要性について述べた。この性質は、「他者をリードする=他者に対して責任を負う」という表裏一体性から来るもので原理的に完全に取り除くのは不可能であると思われるが、なんとか量的負荷だけでも減らせないか、リーダー職でもワーク・ライフ・バランスはとれないか、という意見はよく見るところである。Goldin (2014)は業務を他者に引き継ぐときの情報の受け渡しコストで決まり、リーダー職などではそのコストは大きいという議論をしており、筆者も簡単な解説記事を書いている。

そして筆者はもう一つ、政治家では特にそれは難しくなるだろう、女性が大臣に上り詰めるには、どうしてもNZのアーダーン首相のように主夫を持つか、ドイツのメルケル首相のように子供を産まないか、または'スーパーウーマン'でなければならない、という議論を行う。

筆者は従前から、なぜポピュリズムの暴風が世界に吹き荒れているかについて考察をしており、その中の一つの仮説が「人口が多すぎてまっとうな民主主義にかかる調整コストが増大しすぎたから」というものである。

一般論として、ある決定に関わる人が多くなると、一票の価値は薄まり、自分の意見が反映される可能性は下がる。いわゆる「熟議」をやるにも、聞かねばならぬ意見は人口に比例して増え、話し合いの場は人口の組み合わせ数に従って爆発的に増大する。代議制にして議会定数を増やしても今度は議会で同じ問題が起きる。このような議論は直接民主制であった古代ギリシアからり、プラトンやアリストテレスも民主制が機能する人数の上限や最適規模を論じており、プラトンの出した数字は5040人だった。

Dahl & Tufte (1979) "Size and democracy"は代議制の現代世界で同じような現象が生じるか論じ、やはり代議制でも一票の価値が薄まるほど市民の政治参加感は薄れ、田舎の選挙区では有権者と代議士の意見が一致しやすいのに対し、都会の選挙区では有権者とエリート知識人代議士の意見にずれが生じやすいことが報告されている。

このような問題は日本の議員も意識している。NHKが2016年に放送した「ママ議員」特集では、夫がイクメンを推進した金子恵美議員(当時38)と、「保育園落ちた日本死ね」で有名になった山尾志桜里議員(当時42)にインタビューしたが、両者とも関係者との打ち合わせや有権者への御用聞きにひたすら時間をかけて有権者の人数に対応しようとしていた。アメリカの政治学者スローターも著書の種となったエッセイでは、ワシントンでの業務の会議、出張、打ち合わせの多さが子育てと並立できないと語っている(後に夫が主夫的に動くようになる)。このような努力なくして、人口増大で失われつつある民主主義の機能をポピュリズムから守ることはできない。


さて、このような状況は、今後改善するだろうか。世界規模で見れば、世界人口は20世紀から今世紀中葉までは指数関数的に増加することが見込まれ、今後ますます代議士が民主主義を成立させるために必要なコストは増していくことだろう。

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アメリカ大統領選ともなれば3億人が1人を選ぶ。2016年には両陣営が1000億円以上を費やし日本の総選挙の3倍の金のかかる政治を展開した。2020年の今、予備選を含め大統領候補たちは軒並み70台であり、時間をかけて知名度と地盤を固めねば入り口にも立つことが出来ない。

日本はこれから人口が減少するフェーズに入るが、それでも2060年にやっと9000万人程度だろうと予測されている。議員当たり有権者数は向こう1世紀は大して変わらず、相変わらず議員が御用聞きに滅私奉公的努力を強いられるのは変わらないだろう。

まして、人口ピラミッド維持のために移民を増やせば、人口は減らず、しかも定性的に意見のすり合わせ時間を増やす効果のある多様性の増大が起きる。多様性を尊重するのであれば、多様な意見のすり合わせ――例えばイスラム法と現代人権主義の調整――は必須であり、調整役たる議員の負荷はなお増大する。


政治家の滅私奉公性を減らすためには、この逆をやればよい。グローバル化に逆行し、移民は止めて人口増大をストップする。多様性を減らして意見のすり合わせにかかる時間を減らす。グローバル企業など利害関係者をどんどん増やす主体は排除する。EUのような巨大政体を作るのはもってのほかである。あるいは、議員の御用聞き時間を削ってしまい、ポピュリズムに邁進するのでもいい。政治家が滅私奉公的なのがおかしい。なるほど、ご意見はごもっとも。では上記のような対策があるので、やりたいものをやればよいだろう。

前段はかなり露悪的に書いているが、決して嘘ではない。自治体の議員は、議員辺り有権者数=当選に必要な有権者数が国会議員と比べけた違いに低く、意見を集約する範囲が狭いため、兼業することが容易である。「市議会議員の属性に関する調」によれば、市議会議員の専業率は46.4%に過ぎない。またその専業率の中身にも注意が必要で、女性議員についてはほとんどが専業だが、実態としては主婦との兼業として見ることが出来る――言い方を変えると、ワーク・ライフ・バランスが取れるということである。自治体の政治家は議員以外も女性にとってはハードルが低く、知事だけで見ても北海道・高橋、山形・吉村、千葉・堂本、東京・小池、滋賀・嘉田、大阪・太田、熊本・潮谷と、首相と異なり女性知事が普通に誕生している。"Size and democracy"でも議論されている通り、人口が大きい政体ほど政治家になる労力は増えハードルは上がり、政治家がワーク・ライフ・バランスを取りたいなら政体を小さくするしかないのである。



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