なぜ日本はまあまあ防疫できているのか(私的仮説まとめ)

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、例えば以下の方などが穏当かと思います。
・新型コロナクラスター対策専門家(@ClusterJapan
・押谷 仁(東北大学
・高山義浩(huffpost記事一覧
・今村顕史(@imamura_kansen
・岸田直樹(@kiccy7777
・坂本史衣(@SakamotoFumie
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

本稿では、私がこれまでに書いてきた新型コロナウイルスへの理解をまとめ、なぜ日本は「まあまあ」程度に防疫が出来ているか――欧米のような手の付けられない感染爆発でもなく、台湾のような完璧な防御でもないのか――について、私的な仮説をまとめる。現在までの書きものの総まとめであるため、1万字近い長大項目になっているが、お暇な方はお付き合い願いたい。

このウイルスに対する検査後隔離の難しさ

私は2月中旬から新型コロナウイルスに対する封じ込め戦略の困難さを認識してきた。その大きな理由は、クルーズ船全数検査で明らかになった無症候感染者の多さである。無症候感染者は検査の網をすり抜けやすく、これが封じ込めを困難にする。当時、日本の検疫法と合わせると水際対策は困難であろうと予想していた。

無症候感染率についてのシステマティックレビューはまだ出ていないが、オクスフォード大学のThe Centre for Evidence-Based Medicineが暫定で出しているまとめ資料の中では、バイアスが少ないサンプルで査読付きの資料が出ているDP号やチャーター便帰国者、各国の空港検疫、CDCの暫定値などで25%前後、イタリアやアイスランドなどの全住民検査の速報(未査読)で50%程度という数字が出ている。

もう一つ注目しておきたいのは、感染力のピークが発症直前の無症候の段階で訪れるという推定である。このHeらの研究では、発症前に感染が起きた割合は44% (95%信頼区間25–69%) に達するとしている。

そもそも病院に訪れないであろう無症候者・軽症者が大量におり、その上病院に行く者ですら感染の半分は病院に行く前に終わっているのだとすれば、陽性者を隔離するというストラテジーだけでは感染拡大を防げないことになる。PCR検査の1回の感度が7割程度という過去の知見(例1例2例3)と合わせれば、「病院に来た感冒症状患者全員にPCR検査し、陽性者を隔離する」という戦略で防げる感染は甘く見ても3割程度、厳しめに見れば1~2割程度となり、大半の感染を素通ししてしまうことになる。

あえて検査→隔離戦略一本で解決しようとするならば、発症前でも検出できるよう、PCR検査とは全く違うレベルの検査――皆が毎朝自宅で使える迅速検査キット等が必要になる。将来的には開発される可能性もないではないが、当面は無理だろう。

検査前推定の重要性

前記の通り、このウイルスは発症後に隔離したのでは遅いという性質を持つ。このことから、感染防止策は未発症段階での予防策が重要ということが演繹的に推論される。今のところこのために行われている施策は3つ、
1) 接触者追跡による発症前の事前隔離
2) 入国者・帰国者の14日隔離
3) いわゆる距離開けによる健康人同士の接触回避

である。すなわち、感染している可能性が高い人は症状や検査の有無に関わらず隔離し、特に感染の可能性が高くなくとも感染につながるような行動を事前に避けるというものである。

実際、今回防疫に成功しているアジアの国々ではこれらの施策を複数実施している。なお、3には武漢や欧米で行われているような全面的ロックダウン、休校、夜の街の封鎖など多様なものを含む。

なお、接触者や帰国者の隔離は、検査と関係なく実施するものであり、実施している国で隔離後に検査を行うことはあっても、いちいち検査してから隔離するほどどの国も手をこまねいてはいない。

アジアの検査前隔離と予防

ここまではウイルスの性質から演繹される対策について考えてきたが、実際そのような対策をとると改善するという証拠があるだろうか。現在の所私は定量的比較に足る政策データを持っていないが、以前のまとめの通り、アジア圏において前記対策が取られているということはある程度記述可能である。

接触者追跡
アジア各国では接触者追跡およびそこからの罰則・監視付き隔離は非常に広範に行われている。今回大成功しているベトナムでは、「接触者の接触者」まで包括的に隔離する大規模な隔離が行われており感染者約200人に対して7万人以上が隔離されている。シンガポールも同様の拡大隔離措置をとっており、感染者数が84人の段階で2593人を警察による監視付きで隔離している。豪州も今回は追跡に力を入れており、感染者6000人の段階で経路不明は1割、濃厚接触者は検査の有無に関わらず14日間の罰則付き自宅隔離を求め期間中毎日電話している。接触者というだけで隔離対象にするのは香港台湾も同様である。

またほとんどの国で警察やGPS装置、電話やスマホアプリによる監視が行われ、外出には罰則を伴っている。時にはプライバシー権の侵害とも思える情報開示を行うこともあり、例えば台湾は個人情報を病院側に提供するようになったほか海軍での集団感染でラブホテル滞在時間まで公開している。韓国は、日本の10倍の専門人員による強力な接触者追跡能力を持つ一方、感染者の個人情報を政府が強制収集・無断公開して接触者に名乗り出てもらうという方法も取っている(懸念通り事実上個人特定可能社会的リンチに近いという現地在住者の感想もあるのだが、有権者の支持を得ているようだ)。

入国者・帰国者の自己隔離
外国人へのビザ発給の停止、出国の事実上の禁止、入国者・帰国者に対する無条件の14日検疫を組み合わせた「鎖国」政策は今回アジアの多くの国が採っており、豪州・NZシンガポールタイベトナムも3月20日前後に鎖国した。入国後14日隔離の強制は韓国や中国でも行われている。比較的早い段階で「鎖国」に踏み切った台湾では、300名超の感染者に対して、隔離者は入国者・接触者を合わせ10万人に上る。ベトナムは自国民にさえ帰国しないよう呼び掛けていたようだ。

会合・会食の規制
まず、マスギャザリングイベントの禁止についてはどの国も早々に始めており、香港は5人以上シンガポールベトナムは10人以上の集まりを禁止、韓国もデモを含む集会を禁止してオンラインデモなどになっている。

また日本で「夜の街クラスター」なるものが話題になったが、これは日本だけの事情ではなく、アジアでも夜の街の封鎖が行われている。例えば香港はパブやバーなど主に酒類を提供する飲食店で感染が多発したためこれを封鎖している。タイもバーやマッサージ店(日本で言う風俗店を含む)、映画館など繁華街を一括して封鎖しており、日本同様「なぜ我々が狙い撃ちされるのか」という不満が出ている。このような措置はシンガポールベトナムでも共通しており、台湾はほぼ封じ込めたのちに予防的措置として夜の街封鎖を追加している。

以上のように、制圧に成功しつつあるアジア諸国では、「強力な接触者追跡」「接触者の無条件隔離」「準鎖国(入国禁止)」「入国後の無条件2週間隔離」「集会規制」「飲食の距離開け」「夜の街封鎖」といった政策が共通して取られている。

欧米はなぜ失敗したのか

欧米で新型ウイルスが大流行した理由については、私が最も可能性が高いと考えているのは単に発見が遅れたせいで、全て手遅れのまま検査能力も接触者追跡能力もはるかに超えた状況の流行に直面しロックダウンに至ったというストーリーである。発見が遅れたことは多くの専門家が指摘しており、アメリカは1月中旬イタリアドイツの専門家は1月下旬から流行していたと指摘しているし、最近の遺伝的解析でも1月下旬(最新データでは1月19日ころ)から流行していたことが示唆されている(私も出国者データで検証した)。その後3月初頭までの1か月~1か月半の間、スポーツイベントや大規模な政治デモ、繁華街の営業は行われていた。

では、欧米はなぜ手遅れになったのだろうか。まず一つは接触者追跡がしにくい状態であった可能性はある。多くの国は追跡の起点として中国からの渡航者に直接網を張っていたが、初期の欧州内のどこかで患者が発生してしまい、欧州内移動がノーマークであったがゆえに追跡に失敗した、というのがまず一つ言えることだろう。

しかしながら、接触者追跡の起点となる疑似症サーベイランスを行っていればこれは防げたはずである。後述するが日本では2月13日に接触歴なしの原因不明肺炎の検査で屋形船和歌山の集団感染を発見し拡大を防いだ。欧米でも後から「最初の患者の確定診断前から原因不明肺炎が多発していた」等回顧する記事が出ているが、欧米はこういった患者を検査に回す疑似症サーベイランスの取り組みで失敗していたと考えられる。

また、少々信じがたいのだが、NYのクオモ知事が4/23の段になって突然接触者追跡についてこれから初めて行うという宣言を行った。ニューヨークで感染拡大が止まらなかったとは当然とさえいえる。

変異説やBCG説の検討
欧米での急速な流行について、一時期はウイルスの変異やBCG接種によるものという仮説も盛んに流されていたが、どちらも可能性は低いと考える。ウイルスの変異についてはアジア圏の多くの国が欧米帰国者から大量の持ち込み例がありながら封じ込めたことで、少なくとも主たる効果はないだろうと推定できる。BCG接種については国内から2つの論文(未査読)が出たが、確かに国別で相関関係はあるものの一つの国の中で接種開始年次が区別できる例では特に義務的接種が効果を見せている兆候はない。BCGが義務でない豪州・NZは4/22の時点でほぼ制圧済みで、日本より良い結果となっている。異論はあり現在外国で治験が進行中なので結論はその結果を待ってからでよいが、少なくとも介入による制御の効果を超えるものではなさそうである。手元で肥満率糖尿病有病率なども検討してみたが、あまり説明にはならなそうであった。

今のところ単に手遅れで、急速な流行に見えるのは単に広がってしまったものを後から追いかけているからだという説明が一番ありえそうだと考えている。

なぜ日本でそれなりに防疫に成功しているのか

今回の病気の性質から演繹して3種の対策が有効であると冒頭で述べたが、日本はできているのだろうか。大まかに採点すると、以下のようになるだろう。
1) 接触者追跡による発症前の事前隔離
 →まあまあできている
2) 入国者・帰国者の14日隔離
 →ほとんどできていない
3) いわゆる距離開けによる健康人同士の接触回避

 →できている

保健所の追跡能力
検査数が少ない、渋いと言われる日本の検査体制だが、後から振り返ってみると、接触者追跡能力は比較的高かったのではないかと思われる節がある。例えば、1/18に発生した屋形船の日本人同士のヒトヒト感染は、渡航歴も接触歴もないタクシー運転手への疑似症サーベイランス(それっぽい症状へのPCR検査)を起点として、屋形船での集団感染および湖北省出身者と接触歴のあった屋形船従業員までをトレースしている。その後2月中に「クラスター対策」として積極的疫学調査、接触者追跡を中心とした対策を前面に打ち出したのはご存じのとおりである。接触者追跡で問題があったのは発症前の期間を含んでいなかったことだろう。

「検査数が少ないのに実態を捉えられるはずがない」という意見も当然出ると思うが、検査数が少ないわりに感染者の捕捉率は悪くない。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine; LSHTM)の数理疫学チームによるCFRベースの検査捕捉率の推定(未査読)では、日本は真の患者数の31% (信頼区間は22% - 74%)を検査で捕捉していると推定しており、他の主要国と比較すると、英3.6%、仏4.3%、伊6.0%、西6.5%、米12%、加17%、独29%、中33%、タイ48%、韓55%、豪州84%の中でも「まあまあ」と言ってよい数字になっている。検査数が少ないわりに捕捉率が高いということは、日本はPCR検査に持ち込むまでの絞り込み段階で的確に疑い例を仕分けできている、という解釈が可能だが、そうであれば保健所の追跡能力や、過剰とまで言われたCTの多さなど様々な要因が考えうるので、調査してほしいところである。ともあれ、検査の総量が少ないのは懸念点としても、誰を検査すべきかは(それを間違えた欧米と異なり)間違わなかったとは評価できる。

距離開けの最適化――クラスター対策
日本の対策チームは、保健所の積極的追跡から得られた二次感染数のばらつきのデータをもとに、積極的疫学調査による封じ込めを続けると同時に大量感染が発生する条件を特定してそこを予防的に封鎖する方針に出た。これが話題になったクラスター対策であり、換気の悪い閉所に集まって会話・飲食するという「三密」条件の回避の訴えである。

このクラスター対策はその経緯もあって日本独自の対策のように思われがちであるが、必ずしもそうとは言えない。接触者追跡能力はアジアや豪州のほうが強力であるし、大量感染が発生した業種の店舗(例えばバー、カラオケ、風俗店など夜の街)を封鎖するのはアジア圏も結局行っている。日本の対策チームは、条件の特定を明白に目的として調査を行い、エビデンスを積み上げ、比較的早期(2月中)に一般性のある条件として特定した、という動き方に特徴があったと言える。

後手後手の国境対策
接触者追跡や距離開けに比して、国境対策は常に後手に回った。2月に他国が早々に中国人入国禁止などの強硬措置を取ったのに対して、日本はそれを行う法律がなく、「湖北省から来た人を全てテロリストと見なす」というような無理目の法解釈で入国拒否するにとどまった。ただし、中国直輸入のウイルスについては2月には制圧していたらしいことが遺伝子解析の結果分かっている。

より大きな問題になったのは、3月の欧米からの輸入症例である。この時期アジアではどこの国も欧米からの帰国者による大量の感染者の流入が続いており、3月中~下旬でアジア圏と豪州は鎖国・2週間隔離の強制に出たが、日本は出遅れ、特に帰国者への2週間隔離の強制は現在でもできておらずお願いにとどまっている。この時期台湾では200名程度の輸入症例があったが、これを参考にすれば、日本には約1000人規模の輸入症例があったはずである。これに対する隔離がお願いにとどまったことで、京産大クラスターや(帰国者・入国者の多い)港区・六本木などでの夜の街クラスターによる2次・3次感染につながったと思われる。

コメント 2020-04-22 180747

nextstrain.orgより4/22の樹形図。日本は2月まで(白矢印)は中国(紫)直輸入のウイルスだったのに対し、3月以降(黒矢印)は欧(緑)米(赤)由来のウイルスのみが報告されている。

緊急事態入りの潔さ
別項で書いた通り、クラスター対策は検査能力や接触者追跡能力の限界を超え感染源不明のケースが増えると通用しなくなる。今回も実際北海道や東京でそれが起きているのだが、対策班はクラスター対策が通用しなくなった時点で潔く緊急事態宣言を行うことを勧めている。この潔さは、結果としてはウイルスの感染防止に良く役立っていると言える。

日本の対策の総評

ここまで書いた通り、日本の対策とアジア各国の対策はほぼ同じところ――積極的疫学調査+大量感染条件潰しという、日本で言う「クラスター対策」的なものに収斂しつつある。今回の流行の前から各国共通の疫学・防疫策の道具を持ち、その中からウイルスの性質に応じて効果的なものを選んでいけば、同じ到達点にたどり着くということであろう。

日本とアジアの他国の違いはその到達点にたどり着くためのルート選択にある。アジア圏では接触者どころか接触者の接触者まで監視・罰則付きで隔離する法律があり、入国禁止などの措置も積極的に行っており、人権侵害の生じうる厳しめの手段も先手を打って発動している。比して日本は、法体系・政府・専門家のいずれも積極的な行動制限策に否定的で、エビデンスを固めてそれをもとに自粛をお願いするスタイルであり、全体的に一歩遅い印象がある。

ただ、遅れは全体的に「一歩」で済んでおり、欧米のような手遅れには至っていない。これには、専門家がウイルスの性質を理解して効果的な対策を打てるよう努め、情報収集と状況に応じた対策を打つことを怠らなかったことがあると私は考える。今回の対策の中心人物である押谷教授は、ダイヤモンド・プリンセス号の接岸前、He et al. (April 2020)の論文がでる2か月以上前に、このウイルスの性質について十分な基礎知識を集めていた。おそらくだが、1人の重症者をサーベイランスで見つけたときには、すでにクラスターが発生している可能性が高い(後述)、積極的疫学調査でクラスターの広がりを調べるべきという考えは、この時点で持っていたのではないかと想像する。

今回のウイルスでは軽症者や無症候性感染者がかなりの割合でいると考えられ……軽症者や無症候性感染者が周囲に感染を広げる感染性を持っている可能性も否定できない……潜伏期間にも感染性があることを示唆するデータが得られてきている。そうなると発症者を早期に隔離してもその前に他の人に感染させている可能性があり、封じ込めはできないことになる。
――新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(押谷仁教授メッセージ)2020年2月4日

一方で、アジア諸国は入国者・帰国者への無差別な2週間隔離により事実上の鎖国をすることで第二波をしのいだわけだが、日本でこの判断が遅れたのも、押谷氏が専門家会議側から推奨しなかった側面はあるかと思う。以下のインタビューが行われた3/12は、西浦氏が言うところの「次々と焼夷弾が降ってきている状態」の入りかけのころだが、その時点ではまだ鎖国に対して否定的な見方である。結果的に「エビデンスを固めてそれをもとに自粛をお願いする」という形になったのは、氏のスタイルも影響しているのではないかと想像する。

押谷:私は専門家会議のメンバーだが、韓国と中国からの入国制限は我々が推奨したことではない。(新型コロナウイルスは)世界に広がった。東南アジアに広がり、米国も危ないと言われている。一体どこまで(入国制限を)するのか。米国に感染が拡大すれば、米国からの入国を制限するのか。そうするには方法は鎖国しかない
――[インタビュー]「日本の韓中からの入国制限は、公衆衛生学的には必要な措置ではない」 ハンギョレ新聞 2020/3/12

出口戦略とアフターコロナの世界

4月下旬の現在、ロックダウンをかけた欧米にしろ、アジアで相応の対策をとった国にしろ、どこも出口戦略――つまり{許容できるリスクで必要最低限の行動規制・監視}に落ち着かせることを目指しつつある。それは「コロナ以前の状態に戻る」ことではなく、ワクチンや特効薬の開発を待つまでの間、必要なだけの疫病対策を織り込んだものになる。NYのクオモ知事の言葉を借りれば「ニュー・ノーマル」である。

クラスター対策の真髄は、感染しやすい条件を分析疫学によって特定すること、つまり出口戦略でありニュー・ノーマルである《許容できるリスク・必要最低限の規制》を最初から探っていることにある。別項で述べた通り、緊急事態宣言で一度クラスター対策を中心から外したとしても、クラスター対策が不要になったわけではない。一度落ち着かせたら、「ニュー・ノーマル」の時期にあってはやはりクラスター対策が取られるだろうし、アジアも同じような政策に収斂しつつある。緊急回避的なロックダウンを行わざるを得なかった欧米では、まだその議論は始められないかもしれないが……

ニュー・ノーマルの時代にも発生するアウトブレイク
このウイルスの潜伏的性質のため、ある程度封じ込めて「ニュー・ノーマル」に移行したとしても、突発的なクラスター発生には気を付ける必要がある。まず、このことを模式的に説明しよう。次の模式図では、1人が2人に感染させ(数字は厳密ではない)、感染が4日目、発症(黄丸)が5日目、重症化(赤丸)が14日目(過去の知見に寄せた数字)という想定で描いたものである。この場合、重症者を即検査して隔離しても、その時点で軽症6名、未発症8名の感染者がいることになる。接触者追跡がなければこのクラスターを抑えることはできない。

コメント 2020-04-22 180747

同様の計算を西浦氏の示したR₀=2.5という値から行うと、感染から重症化まで16日かかって4回ほどの感染があると、64人の感染者がすでに発生しており、このうち9名は感冒症状を呈し、55名は未発症という状態にあることになる。

このような20~60名程度のクラスターが突発的に見つかるのは、国内では大阪のライブハウスクラスタや、帰国者由来の京産大クラスタがある。台湾はほとんど封じ込めたとされたが、それでも海軍で感染者が確認されたときにはすでに24名以上のクラスタになっていた。特に、index caseが若く重症化しなかったりするとクラスタの発見が遅れ感染が拡大しやすい。この先どの国も100名程度のクラスタが突発的に発生することは覚悟しなければならない。

こういった散発的クラスター発生を見落とすと、容易にメガクラスターにまで成長する。その端的な例が韓国の新興宗教教団の集団感染やシンガポールの外国人寮での集団感染である。これらの例では、
1) 感染が広がった集団が社会から見えにくいために発見が遅れた
2) 構成員が比較的若く重症化しにくいことも発見を遅らせた
3) 集団内で感染が広がりやすい条件(いわゆる三密)を満たしていた
という、発見の遅れと感染を加速させる条件が重なっていた。各国とも、こういった盲点を消していくことが求められるだろう。

これらを検出する方法についてだが、検査がしやすいならそれに越したことはなく、軽症のうちに検出できるならクラスタのサイズは小さくて済む。アメリカではそれこそ2週に1度の国民全員検査を実施せよなどの論調も出ているようだ。日本もPCR検査能力を拡大しても損はないだろう。また、私の個人的考えだが、CT像が機械学習にかけられるくらい特徴があるとか、自覚症状が健康でも酸素飽和度が低いなど肺炎を示す特徴があるなど普通の感冒と違うサインが得やすいようなので、感冒に対するルーチン検査からCOVID-19かを予想するAIなども作りやすいのではないかと考えている。

また、それらの検査能力は接触者追跡能力とセットになって初めて意味が出る。個人情報保護法とプライバシーを守りながら接触者追跡を自動化するアプリなども開発が急がれるところである。

このエッセイの限界

さて、ここまで、様々な状況証拠から日本の対策が一定レベルで機能している理由を推測してきた。ただ、このエッセイは、状況証拠から風呂敷を広げているだけであり、定量的検証によってそれを畳むということをしていない。すなわち想像逞しいだけである。

ただ、定量的検証はやっていないだけで、可能か不可能かであれば可能であろうと考える。例えば入国禁止や2週間検疫の効果は、各国がその政策を始めた時期はすぐとれるし、帰国者数、全症例に占める輸入症例数、終息時期など、必要な説明変数と被説明変数は集めやすい。夜の街の封鎖についてもタイ、ベトナム、日本では国内の地域によって実施時期の違いがあったりするので比較できそうなデータがそれなりにある。積極的疫学調査の予防効果や、index caseの発見が遅れるとどれだけ感染が広がるかなども検証可能だと考える。ただ、それについては今私がやれるものではないし、ご興味のある方がやればいいのではないかと思っている。


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