真の感染者数の推定法(その2)

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、例えば以下の方などが穏当かと思います。
・新型コロナクラスター対策専門家(@ClusterJapan
・押谷 仁(東北大学
・高山義浩(huffpost記事一覧
・今村顕史(@imamura_kansen
・岸田直樹(@kiccy7777
・坂本史衣(@SakamotoFumie
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません

以前の記事で、検査体制が不十分な時に真の患者数を見積もるにはどのようにしたらよいかについて簡単に説明した。

当時挙げたものは
► 死者数・重症者数を基準とする
► 回復期間を基準とする
► 肺炎の発生数をモニタする
► 出国者や旅行者を基準とする
► 米軍基地を参照点とする
等であったが、現在は国際旅行が事実上停止し出国者・旅行者基準が使えなくなったほか、米軍のほうで先に集団感染が起きたため米軍基地も参照点にならなくなっている。

一方、他の基準での"真の患者数"の推定は各国で盛んにおこなわれている。この項では、その一例を紹介する。


CFRベースの推定

ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine; LSHTM)の数理疫学チームによる検査の捕捉率の推定(未査読)は全世界をカバーしており、日本も比較対象に入っている。

こちらは死者数を基準とする計算法で、Case fatality rate(CFR; 致死率、患者当たり死亡率)をベースとして、入院から死亡までの平均期間により直近の報告数の補正を行い、そのうえで真のCFRは1.4%であると仮定したうえで死者数から真の入院が必要な患者数を推定し、検査陽性数がその何%を捕捉しているか推定している。この方法では、「重症者だけしか検査していない」といった批判に対して、もしそうならCFRが上がるはずなのでそれを補正しよう、という計算を行っていることになる。

この研究では、日本は真の患者数の31% (信頼区間は22% - 74%)を検査で捕捉していると推定している。他の主要国では、英3.6%、仏4.3%、伊6.0%、西6.5%、米12%、加17%、独29%、中33%、タイ48%、韓55%などとなっている。日本は世界の中ではマシなほうだがSARS経験のあるアジア諸国の中では低位ということで、おおよそ直感に合う値ではないかと思う。

コメント 2020-04-18 075020

cmmid.lshtm.ac.ukチームによる検査捕捉率の推定。日本(黄色)は検査陽性数が真の患者数の31% (信頼区間は22% - 74%)をカバーしていると推定している。西欧・欧米(青)は広く分布しており、いわゆる人種差やウイルスの変異的なものを示す兆候は見られない。

日本は人口当たり検査数が少ないことは確かなので、この推定値が正しいとすれば、日本はPCR検査に持ち込むまでの絞り込み段階で的確に疑い例を仕分けできている、という解釈が可能である(接触者追跡の頑張りや、過剰とまで言われたCTの多さなど、様々な要因は考えうる)。ドイツや韓国の検査体制は称賛されたが、ドイツは日本より悪く、韓国でも55%までしか行っておらず、単純に検査を増やすだけで求めるものが得られるかは怪しい。


また時系列での捕捉率の推定値を見ると3月中に徐々に改善している。ただ、この推定は患者の年齢層を加味しておらず(このことは元の研究でも注釈で言明されている)、また夜の街クラスタの発見で死ににくい若い患者を大量捕捉したことでCFRベースの推定が歪んだ可能性もあるが(この点はドイツや韓国も同様)、この推定値の悪い国では若い軽症者まで検査の手が及んでいないという可能性もあるので、一つの参考としては有用であろう。

コメント 2020-04-18 081434

cmmid.lshtm.ac.ukチームによる検査捕捉率の推定の時系列推移。


さらにこれを本格的にしたものに英インペリアル・カレッジの推定がある。こちらも報告された死者数を基準値として様々な補正を行ったものであるが、こちらは欧州各国の"真の感染者数"のみ発表しているため、詳細は割愛する(掲載国の推定値はLSHTMのものと概ね同じである)。

画像3

英インペリアルカレッジの疫学チームの推定モデル模式図


これらの死者数を基準値とした推定方法では、「検査せずに死んだ人がいたらデータが歪む」という批判は当然あろう。ただ、私がサーベイした限りはこれの影響は限定的か、自然と織り込まれることになる。

例えばドイツの流行初期に死亡率が低いことが注目されたが、その中でドイツでは治療に貢献しない=死んだ人の事後検査は行わないことが定期的に議論になっていた(記事例)。これは多勢に影響を与えるものではないが、ニューヨーク州では「原因不明の自宅死」が平年の10/日程度から200人/日程度まで増えていたことなどから、確認死者数が6000人前後だった時点で、未検査の疑い死3700件ほどを追加算入する措置をとっている。そのほかにも流行著しいフランスやスペインで介護施設での集団死が後から発覚した事例が散発的に報告されており、こういった「検査せずに死んだ人」の数は、検査が追い付かなくなるのに比例するものと考えられる。

日本の場合、市区町村が発表する死亡届の月例報告では3月分までで特段おかしな挙動は見られないので、在宅死者が平年の10倍程度まで増えるといった異常事態にはなっていなそうである。

追加の推定

現在のところ各国で発表されている「真の感染者数」は死者数を基準とする推定が多いが、LSHTMの推定で補正に用いられている入院から死亡までの平均期間は、それ自体も注目に値する。なぜならば、入院から死亡までが速いのならば、それは患者捕捉体制が弱いことを示唆するからである(一方で入院から退院までの期間であれば、長いほうが重症例しかピックしていないことを示唆する)。github上にはローデータが上がっているので、時間があれば検討してみたい。


検査以前の接触者追跡の重要性

最近出ていた論文でもう一つ注目しておきたいのは、感染力のピークが発症直前の無症候の段階で訪れるという推定である。

これが意味するところは、発症前の自覚的には健康な段階で隔離しなければ感染を防ぐことはできないということであり、感染防止策の中心であるべきは未発症段階での予防策――すなわち
1. 風邪を自覚した時点での自己隔離
2. 接触者追跡による事前隔離
3. ソーシャル・ディスタンシングによる健康人同士の接触回避
になる。特異的治療法がない現在、有症状者の検査は接触者追跡の起点の意味が大きくなり、接触者追跡なしに感染抑止効果は期待できないということが伺える。全員検査という手もないではないが、現在の所「真の感染者数」は多めに見積もっても1000人に1人というところであり(※インペリアルカレッジ研究班によれば、ベルギーなどはすでに10人に1人が感染したと推定)、事前確率は相変わらず高くはないため接触者追跡は重要で、偽陰性の多さも考えれば事前隔離は相変わらず必要である。

接触者追跡も大きな労力を伴うが、現在AppleとGoogleが協力してプライバシーを保持できる接触者追跡を開発し始めたようなので、これに期待したいところである。

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