台湾と韓国の防疫に学べ

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筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

最近書いた記事では、「理論上、今の検査頻度では検査に感染拡大の抑止効果を期待できない」「感染拡大を防止できているところは行動制限によっているものと考えられる」としてきた。ここから何回か、この「行動制限」の内実について検討したい。

「隔離第一、検査は第二」の東アジア

まず、学ぶ対象として、防疫に首尾よく成功している東アジア、特に台湾・韓国・ベトナムの例を検討する。

以前の記事の繰り返しになってしまうが、台湾やベトナムを初めてとして東アジアで強固な感染防止に成功している国は、罰則付き強制自己隔離が主たる感染制御手段であり、検査は従と考えている。例えば台湾は入国者の受け入れについて14日の自宅・ホテル隔離が必須であるする一方、「スクリーニングの必要は無い」(尚無普篩之必要)、つまりPCR検査を必須としていない。また入国には事前の隔離指定ホテルの予約が必須であり、日本では努力目標になっている空港からの公共交通機関の回避が義務になっている

この傾向は東アジア共通であり、台湾、ベトナム、韓国のいずれも原則として接触者は自己隔離に入りGPS装置やカメラなどで一定の監視が付いており、違反者には罰則が付くという規定があり、徹底して守らせている。ただし強烈な行動制限であるため、代償として生活物資と最低賃金程度の給付が出ることになっている。また、仮に検査が陰性だったとしても14日の自己隔離義務は解かれない、すなわち検査のスクリーニング効果を信用していない。検査はあくまで誰を隔離するかの起点を決めるためにあるのであり、ベトナムにしても台湾にしても感染者数の100倍に上る数の隔離こそが感染予防策の中心である。

これらの国が検査を根幹に据えていない理由は、従前から説明している通り、発症後の人だけを検査しても感染防止効果が限定的すぎ、ローラー作戦で発症前の感染者をとらえようとしても少なくとも2~3割は取りこぼすだろう、という目算があるからであろう。台湾の検査件数自体はピーク時で6/10万人/日、6月以降は1/10万人/日を割る日が続いている。比して日本は感染者が大幅減少した緊急事態宣言解除後も5/10万人/日程度を維持しており、今はそれよりも多い。実を言えば、検査戦略自体は日台に大差はなく、むしろ台湾のほうが抑制的ですらある(台北市長などはスクリーニングしろ派で、冒頭メッセージはそういった世論への牽制らしい)。

日本と台湾の大きな違いは、4/1時点で検査陽性者約300・検査数延べ33000隔離者は10万以上、言い換えれば、陽性者の300倍・検査数の3倍もの隔離をしている、その隔離ポリシーにある。「日本は台湾に学べ」というなら、台湾CDC自ら「自己隔離すれば検査は必ずしも必要ない」と広報し、実際に検査数の倍の人数を検査一切なしで隔離した、その隔離ポリシーをこそ学ばなければならない

実際問題として、そのころ問題となっていた欧州からの流入を乗り切ったのは、入国者への検査なしでの自己隔離の罰則付き強制があったからこそであり、効果はある(当時陽性者の8割超が輸入症例、自己隔離の9割超が検疫)。

韓国でも特に無症状で経過した患者については検査不要で隔離を解除するという判断を行ったことがあった(ただし、再燃の危険が指摘されたため撤回されており、以下の引用はその指針が撤回される際の記者への説明である)。

저희가 중간에 한번 7-1판 지침하면서 발병일로부터 3주 지나거나 무증상인 경우에 3주 지난 경우는 검사 없이도 격리 해제할 수 있다... 이렇게 지침을 한번 수정한 적이 있었습니다.
(私どもが一度7-1版ガイドラインで発病日から3週過ぎたり無症状のまま3週経過した場合は検査がなくとも隔離解除することができる(略)このように指針を一度修正したことがありました。 )
――大韓民国ポリシーブリーフィング 2020-03-21

「検査なしの隔離」という概念はここだけの話ではなく、英インペリアルカレッジの専門家チームも、症状からの追跡・隔離が合理的な状況なら、検査にこだわる必要はないことを説明している(検査は不要と言っているわけではなく、隔離が防疫効果を生む実体であり、検査はそれに資するよう使うべきだ、と言う話である)。

Although testing is frequently mentioned in the context of contact tracing (‘test, trace, isolate’), it is not required for contact-tracing and isolation based on symptoms alone –indeed, testing may in fact slow down and limit effectiveness if testing results take time and contacts are not traced until results are available.
(検査は接触追跡の文脈で「検査、追跡、隔離」としてよく言及されるが、症状のみで始める追跡・隔離には検査が必要というわけではない。むしろ、検査結果を待って追跡するルール下で検査結果が届くまでに時間がかかるなら、検査が[防疫]効果の足を引っ張ることさえある)
――Imperial College COVID-19 response team. Report 16: Role of testing in COIVD-19 control. 23 April 2020

また、中国やベトナムは特定の都市で再発生すると、その都市全体の外出制限を実施するケースが多く、これも「都市単位での隔離」といって構わないだろう。

追跡情報提供の義務化

また、これらの国は接触者の追跡において、ある程度のプライバシー侵害もやむなしという姿勢をとっているのも特徴である。例えば、台湾では入国データベースが病院に送られている韓国では感染者や接触者の決済履歴や監視カメラでの追跡が可能であるなど、日本の個人情報保護法では違法となる措置が取られている。

日本で接触追跡が出来ないことで頭を悩ませている社交飲食業(夜の街)対策も、韓国では入店時に事実上の記名を義務化することで対処した。

日本のテレビ局の取材では、居酒屋は営業しているが、入店時に記名を義務付ける協力体制などが出来ているそうである。同様の措置はアジアの各国でも行われているようで、香港在住の方の話によると、香港でも飲食店に入るには記名が義務付けられている店がある(すべてではない)のことである。

韓国と全く同じ政策は日本では個人情報保護法の都合があるため真似することはできないが、「社交飲食業などの相対的ハイリスク施設利用時のCOCOAアプリ義務化」は一応現行法を変えることなくできると思われる。COCOAに加えて東京版新型コロナ見守りサービス大阪コロナ追跡システムのスキャンも義務化すると良いだろう。

少なくとも店舗に入店させるかは店舗の裁量であって、韓国同様に店舗側でCOCOAアプリのインストールと起動(できれば連続起動歴)の確認を義務化すればいいだろう。店舗側でも、従業員へのインストールとスマホ所持を義務化する必要がある。スマホを持っていない場合、最悪お断りすることを義務化することになるだろう。この方法は、日本でもで明日からほぼコスト無しできる。

罰則規定にあえて踏み込む

このような義務化には、罰則規定が必要であると思われる。守るかどうかが裁量に任されている場合は、守らない店舗が有利になってしまう囚人のジレンマが存在し、結局どこでも守られないだろう。

客もそもそも酒に酔っているので、なにがしか義務化しなければ守ろうとする行動を起こさないだろう。また、こういった対策は、どうしても「おおげさでしょ」「おとなしく従うのは格好悪い」と考えてしまう傾向は出るものなので、これを防がなければならない。

「うちも入店前の検温や体調チェックをしているが、酒に酔った客を相手にどこまで意味があるのか…」と限界を打ち明ける。
――岡山の「夜の街」クラスター直撃 「これからという時期…痛すぎる」

店や従業員側も、所得に影響が及ぶようなことになると、どうしても規則を守るという意識は薄れてしまう。社会の95%が新しい行動様式を受け入れていても、5%が受け入れなければ感染は広がる。

クラスで一番聞き分けが悪かった子を思い出して欲しい。歌舞伎町で、ホストクラブで働く人間の多くは、街で一番聞き分けの悪かった子どもがそのまま大人になったような連中だ。そんな彼らが簡単に言うことを聞くわけがなかった。
……店を休みにしても家に居ない。教育動画も見ない。それぞれが自分で得た情報に振り回される。「お客様を繋ぎとめておくため」という理由でお客様に会いにいく。
――「家に居ろ」が通用しない。新型コロナに悩む歌舞伎町の現実 2020/04/28

自主規制を守れないコミュニティへの感染の集中

私があえて罰則規定の導入を促す理由は、7月の流行が特定のコミュニティ、すなわち{大都市部、繁華街、20~30代}に集中しているという理由もある。人口あたり感染者数は、東京、大阪、名古屋、福岡の4大都市(+札幌)で突出して多く、新宿やミナミ、錦や栄中洲がその中心となっている。地方都市でも鹿児島、宮崎、浜松など繁華街が起点となって発生している。googleニュースで「クラスター」を検索すると過半が繁華街である。

「検査が大都市の繁華街に偏っているから感染者の見つかり方も偏る」という声もあるが、これは否定できる。例えば、地方では検査能力はどちらかというと余っており、演劇クラスターで感染した島根県在住の人のケースの場合、1人の無症状の感染者に対して1000人の検査が行われている。これを紹介する記事も「田舎特有の大げさな反応」といった論調だ。

「たった1人のために1000人が検査することになった。その子は無症状なのに! 今、こっちは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている」
――たった1人の感染者が地方都市にコロナを持ち込むとどうなるか?《島根で実際に起きた“舞台クラスター”波及騒動》 2020/07/23

また、現在は各地の医師会や病院で自前の検査センターを用意するところが多く、病院や介護施設は重点警戒対象として検査しやすい体制が整っているが、4月に病院で多数のクラスターが発生したのに対し、現在はそれが少なく、夜の街/病院の感染者数の比は4月に比べ7月が圧倒的に高い。病院と介護施設は防御策はとっているとはいえ、《利用者の多くが自力では防御策をとれない》ということが4月の流行における被害を大きくしたので、脆弱性という意味でそれほど変わるわけではない。すなわち、{大都市部、繁華街、20~30代}が7月の流行のハブとして機能しているのはほぼ間違いないと見る。

この傾向はアメリカや豪州など他の感染再拡大が起こっている国でも同様で、「バーなどに行く若年層が感染増加の一因に」と名指しされているほか、ホームパーティも名指しで感染拡大の要因になっているとされる。

流行が特定のコミュニティで集中して起こっているということは、「社会の95%が新しい行動様式を受け入れていても、5%が受け入れなければ感染は広がる」ということの状況証拠として見ても良いだろう。それも酒が入って自己管理が出来なくなった状態で、である。

罰則規定にあえて踏み込むことで、人権制限を回避する

私がここで罰則付きのルールを提唱しているのは、それでむしろ人権制限が回避されるのではないかという期待もある。

例えば飲食店が{接触追跡アプリ義務化}と{街全体を一括しての営業停止}のどちらを選ぶかと言えば、間違いなく前者だろう。{アプリで人の接触だけを追う}のと{店名を挙げて呼びかけて人の流れを追う}のとでも、やはり前者のほうが勝つだろう。

もちろん、接触追跡アプリやQRコードによる準記名の義務化は、プライバシーなどに関わる問題で、平時に行えば管理社会との誹りは免れないだろう。しかしながら、放っておくと街全体での営業停止や店の名前を挙げての呼びかけをしなくてはならないなら、それよりはマシな方法として接触追跡アプリやQRコード記名の義務化は、人権を守る選択肢として出てきてもおかしくはないと思われる。

こういった自由権の制限は十分に時間をかけて行われなければならないが、アジア各国でこういった制限が可能になっているのは、SARS1やMERSの経験がありその時間が取れたから、という部分はある。また、これらの国ではその経験から「総合的に見て人権侵害が少ない」という合意が取りやすいという事情もある。日本で新型コロナウイルス流行以前に同じだけの時間をかけて議論したとしても、その実感のない有権者や法学者が首肯する可能性は低かっただろう(おそらく自分も権利制限反対側に回っていたと思う)。

法学者への期待

こういったルールを設定するうえでは、どうしても法学者の判断は仰がねばならない。こういったルールを決めるにも、veto player(拒否権保持者)がいるとどうしてもうまく行かないのである程度お上がごり押しする必要もあるが、そうなるとお上のやっていることが強権の発動と言えるか、人権の侵害であるかどうか、法学者が判断すべきだろう。私自身はむしろ人権制限が回避されるのではないかと期待しているが、法である以上ならぬものはならぬのである。

そもそも、2月以降新型コロナウイルス対策を議論する過程で、法学者の判断を仰ぐべきと思える問題が少なからず出現していた――法学者たちは「聞かれなければ答えられない」と言うが、すでに何回も聞くべき事態は存在していた、あるいは今でも続行中なのである。

例えば日本の入管法や検疫法では、相手国が日本人を入国規制しておらず、特に発熱などもしていない人の入国を拒む条文がない。2月から行われている入国拒否措置は、入管法第五条の「その他」規定、「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがある」人物を入国拒否する条文の拡大解釈で、法務大臣マターであることから基本的にテロ犯対策の条文だが、これを無理やり拡大解釈している。本質的に特定地域から来たというだけで上陸拒否を正当化する条文とは言えない。現状、全く練られていない継ぎはぎ運用であり、そのせいで国際結婚した夫婦が再開できずにいるといった事例が相次いでいる。もしその人たちが訴えたら、入国規制の運用自体が法の趣旨に反し無効であるという判断が出て入国規制解除となる可能性も大いにあると考える。

与党は正しく入国拒否するなら、入管法を改正して「感染症の流行地域からの入国を拒否できる」という条文を付け加えなければならないだろう。ただし、指定感染症が流行している程度なら新型コロナ以前から普通に起きていたことであり、「新型コロナだけは全面入国拒否でき、そうでない感染症で拒否してはならない」という条件を見つけ出す必要があり、苦労するところであろう。

また、そもそも論として、現行の感染症法では隔離が出来ないという問題もある。現行の感染症法は、前文でハンセン病やエイズへの対応が違憲判決を受けた反省から人権侵害を避けると公言し、ヒトに対して「隔離」という言葉、概念を適用せず、代わりに「治療のための強制入院」という建付けになっている。

上記の建付けは、3月ごろに問題となった――新型コロナウイルスの広がりに対して病床が不足したのである。結局、この条文は厚生労働省の検査抑制派にとって格好の理由を提供した。結局これはなし崩し的に軽症者のホテル隔離「宿泊療養」で解決されるが、ホテル住まいで「治療」「入院」と言えるか怪しい状態である(指定診療所であればよいが、ホテルは診療所の要件を満たさない)。本当は条文の改正が必要に思えるが、感染症法については前文で違憲判決の反省をしているため、少なくとも外野では議論が難しく、法学者によるコメントがないと改正可能かどうか判断が付かない。

また、そもそも隔離ではなく治療と言う建付けであって、「当該感染症の患者」対象なので、台湾の防疫政策を真似ようにも、検査陰性者や、あるいは検査なしで検査数の3倍もの隔離を行うことは、現行法では否定されるだろう。現行法においても疑いが濃いものへの協力要請はできるのでそれを拡張することになるだろうが、「1万人に1人感染しているかもしれない」程度の理由で検査無き罰則付き隔離が可能かどうか、法学者の判断を仰ぎたいところである。

法学徒によると公衆衛生のための私権制限が正当化されるかは「ケースバイケース」なのだそうだが、新興感染症の場合、脅威度や感染メカニズムが未確定の状態から対策を始めなければならず、特定のよくわかった病気に対して「ケースバイケース」は議論しやすいが、よくわからない病気についてはやはり判断は難しい。「検査を充実させて識別すれば私権制限の問題は緩和される」とは言えるが、新興感染症では検査法が未開発のことも多く、事実として今年2月頭の段階ではどの国もまともな検査法をまともな量用意することはできなかった。今後とも未知の感染症は発生すると思われるが、それに対してどのようなほうがありえてどのような運用がされるべきか、法学的議論を期待したい。





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