韓国の感染症対策をどこまで真似できるか

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、例えば以下の方などが穏当かと思います。
・新型コロナクラスター対策専門家(@ClusterJapan
・押谷 仁(東北大学
・高山義浩(huffpost記事一覧
・今村顕史(@imamura_kansen
・岸田直樹(@kiccy7777
・坂本史衣(@SakamotoFumie
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

私がよくお話しさせて頂いている臨床医のdispossessed22さんが、このたびネット越し・通訳越しではあるが韓国の医師にインタビューされ、そこから韓国の制度の概略をまとめられている。本稿では、これを読んだうえで、日本で真似をすることが出来るか、できるならどのような法的・行政的な措置が必要か少し考察する。このため、dispossessed22さんの文章を全文読んだうえでこちらを読んでいただきたい(冒頭部がこちらのエントリと似ているのは、むしろ私がアドバイスを受けたが私が先に発表したというのに近いです)。

はじめに:法律の建付けの問題

日本ではハンセン氏病隔離違憲判決のように、原則として必要以上に長い隔離拘束を人権侵害と見なす。このため、感染症法の建付けが「負の外部性を持ってしまった患者を保護・治療する」という形になっており、「社会一般から見て危険な感染症にかかった人を隔離する」という発想ではできていない。

感染症法前文(抄) 我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている

第一条 この法律は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関し必要な措置を定めることにより、感染症の発生を予防し、及びそのまん延の防止を図り、もって公衆衛生の向上及び増進を図ることを目的とする。

このため、感染症法と新型インフルエンザ特措法には「隔離」という言葉は(他法の参照以外)出てこない。検疫法でも「隔離」は患者本人についてだけであり接触者は「停留」と別の言葉である。「隔離」は旧伝染病予防法で使われたほか、人権が関係ない家畜伝染病予防法では使われている。

一方で韓国の感染症予防法(감염병예방법)は日本の旧伝染病予防法を発展させたような作りになっており、例えば対策を示す第42条などでは明白に隔離(격리; 発音はキョㇰリ)という言葉が使われている。

感染症予防法
第1条(目的) この法は国民の健康に危害を及ぼす感染病の発生と流行を防止して、その予防および管理のために必要な事項を規定することによって国民の健康の増進および維持に尽くすことを目的とする。

実はこの法律の建付けが本質的な違いに結びついていて、例えば検査数の違いなどにも表れている――というのが私の感想である。以下、それについて検討する。

なお、この項は顕名・匿名問わず法曹・法学関係者の意見を募っている。現在レビューをいただいた方は以下の通り。
► [匿名弁護士A]
► [レビュワーB]



■「発症2日前から」徹底した行動追跡
【学べる度A】特に法的制限はなく、すでに採用した。恒久的な指針になるだろう。押谷先生も西浦先生も発症前感染について2月には確信があったというからには、先に採用しておこうという気もしないでもないが。


家庭内でもクリーンゾーン/汚染ゾーンを分離
生活治療センターの設置(日本で言うホテル隔離に近いもの)
自己隔離者には電話相談と必要医薬品供給など24時間専門診療制
自己隔離期間の間に様々な食料品や生活用品を支援すると共に、生活支援費や有給休暇の費用もサポート
【学べる度A】
► 現行法では日本の感染症法にも類似条文があり、感染症法44条以下いくつかの条文で新型インフルエンザ対応に書かれているのだが、新型コロナウイルスは新型インフルエンザではないという条文上の問題で適用されてこなかった。3/26付けの政令改正で適用可能になり、軽症者のホテル隔離や足立区の自宅療養セットで適用されている。[弁護士A指摘]
► 適用が遅れたのは、わが国の感染症法から隔離という言葉が廃されているように抑制的で、簡単には適用できないよう病名を絞っていたことに由来する。ただし、拘束を前提とせず自主協力者への支援という形であれば、「負の外部性を持ってしまった患者を保護・治療する」という法の理念に即したまま、病名を問わず実施可能ではないかと考える。


中央疫学調査官が派遣され、リソース調整がなされる。
兵役中の医師が疫学調査班等に配置され疑似症の診断、検査(検体採取)、積極的疫学調査の主力を担う。こういった兵役医は普段は地方に派遣されている。
【学べる度B】
► 韓国の膨大な検査数と、検査数に見合う積極的疫学調査を支える主力。検査の大半が彼らによって行われている。日本で言うクラスター対策班と自治医大卒者と防衛医大卒者(自衛隊)の機能を合体させたような動きをしている。実際日本でもDP号と空港検疫では自衛隊が投入されたが、あれがさらに柔軟になって全国の現場に配置できるようになったものであり、真似できるならしたいところである。
► これは法制度の問題ではなく、行政上の組織運用の問題である。自治医大卒や防衛医大卒のような拘束的契約――「国が雇用し」「普段は医者が集まらない田舎に赴任し」「いざとなればいつでも装備ごと転勤させられる」という医務部隊を厚労省が作るかどうかという話になるだろう。


疫学調査支援システムの電子化が早い
【学べる度B】
► まずこれができるのは住民登録番号で全ての情報が紐づけ済みでそれに従ってAPIを作ればいいという側面があるので、日本では紐づけ作業に人手が必要である。速さについてはそこを加味する必要がある。
► 日本の公共事業に多い入札型の発注ではこの期間内にリリースすることは無理である(セキュリティ上の懸念が大きいのに対して開発期間が短すぎる)。元から内製化し、ペネトレーションテストだけ外注するのがシステム化していないと厳しいだろう。
► 常設するには平時が……という声もあろうが、行政システム全体のデジタル化を見据えれば内製化を担う部門があってもあってもよさそうなものではある。


症状の有無を問わず検査・隔離
■ 帰国者・入国者の強制隔離
PCR検査が陰性であっても2週間隔離
自己隔離違反には罰則・拘束がある
【学べる度C】
発症前感染が多い今回の病気を防ぐには発症前に先回りして隔離する必要があるため、感染拡大防止のためには検査そのものより重要と言えるかもしれない要素
► 日本の現行法では接触者や帰国者の自己隔離と健康観察については強制力無しの協力(感染症法第四十四条の二~四)として行われる(これは実施中、帰国者に対してはほぼ呼びかけのみ)。協力者にはPCR検査が行われるとは限らない。[レビュワーB指摘に基づき修正]
► 一方で現行法は「患者への治療」という建付けなので、強制力を伴う行動制限である未検査隔離、陰性でも隔離は無理である。
► 伝染病予防法から感染症法へ衣替えするきっかけとなったらい病予防法の裁判(地裁判決)では、隔離の必要性があるならやってよいが、必要性がないのにすべきではない、という筋立てになっているし、検疫法では病気と確認される前の停留が認められている。これらを考えれば、憲法上不可能であるとは言えない。[弁護士A指摘]
► 国内法規や有権者の志向との整合性を考えれば、罰則はないか軽微としたうえで、外出自粛を要請し、応じた人は外出しないノルマをクリアしたら協力金を支払う、というスタイルが良いのではないか。[弁護士A指摘]

► 加えて、実は韓国の膨大な検査数を支える裏要素の一つ。日本の現行法の建付けの場合、強制力のある入院措置については、偽陽性で自由権を制限するのは損害賠償に値するし、偽陰性では拘束できないので隔離の効果を挙げるには精度が求められる。一方韓国は検査なしでも検査陰性でも隔離するので、検査の精度はあまり問われず、疫学調査に足るだけの精度があればよい(反面、個人の治療のための検査という側面は後退する)。
► 日本で検査数を増やす場合、強制入院の根拠にならない(場合によっては本人に結果が通知されないかもしれない)単なる疫学調査という別カテゴリの検査の2本立てにする体系にするほうがスムーズである。[レビュワーBの指摘への応答]
► dispossessed22さんは発熱外来やドライブスルー検査については流行度や検査の頻度に応じて設置すべきという意見であり、流行度が低い(本当にコロナである確率が低い)時には、総合診断なしに特定感染症だけの検査を優先することが患者のためになるのかという臨床医ゆえの疑問からであった。流行度が上がれば院内感染防止のためにも考えうるとしている。今回の韓国の感染症対策まとめを見る限り、韓国でドライブスルー検査が採用されたのは単に流行度が上がった→保健所が検査を指定する濃厚接触者が増えた、というのが設置理由と思われる。


積極的疫学調査および自己隔離の監視のため、感染者の行動情報を強制収集・公表
【学べる度C】
► 国内の現行法では当然対応不可。やったら個人情報保護法違反である。
► 韓国の情報収集自体は警察の令状付き捜査に近く、集めた情報は個人情報保護法で認められる目的を明示しての目的内個人情報使用に近い。上手く整合性を付ければできない可能性はなくはないと考える。[弁護士A指摘]
► それでも政治的には議論が紛糾するだろう(感染者と犯罪者を同一視するか?問題)。

► 感染者の動線公開は日本ではプライバシー権の侵害に当たりまず無理。今韓国でやっている運用は日本なら個人情報保護法違反にもなる。
► 感染者情報の公開は、立法しようとしても有権者の理解が得られないだろう。感染者の少ない都道府県で起きている特定→つるし上げを積極的にやる意味が分からないし、公開されるとわかれば情報提供にも非協力的になるだろう。
► そもそも、感染者情報の勝手な公開は、ヘルシンキ宣言や健康情報のデータベースについての世界医師会の台北宣言に反しており、倫理的・人道的にやっていいかどうか疑問である。[弁護士A指摘]

► 監視アプリは義務でないと意味がない。
技術的にはプライバシー駄々洩れのGPS情報を常に監視するようなアプリは筋が悪い。世界ではもっと筋のいいアプリが作られている。
► 全員が拒否しないためにも、プライバシーを侵害しないプロトコルであることが誰からも確認できるオープンソースでならなければならない。



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