【私小説20】風船の弾ける音
私が4年生?5年生?くらいの頃だったろうか、ザイムの松平さんが夜逃げをした。松平さん一家は、事務所の前でダンという白くて多きな犬を飼っていたのだが、ダンがどうなったのかとても気になった。
松平さんはダンを残して逃げるような人間ではないが、極度の貧困は人を変える場合がある。母はダンも一緒に逃げた事を教えてくれたが、一度だけ何かの機会にザイムのあった場所を母の運転する車で通った事があった。
建物ってすごく不思議だ。見た目は同じなんだけど、休んでるのか死んでいるのかわかるんだ。ザイムの建物は死んでいた。死んだ建物の前にはダンのいない鉄製のゲージ。
ああいう気持ちになったのは生まれて初めてだった。生きる気があるから夜逃げしたわけだ。ダンは今もどこかで生きているんだという妙な安心感と、自分にそう言い聞かせるような感覚だった。
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