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一歩踏み出したあと得られたもの

昨日も、今日の朝もブログを書こう書こうと思っていたのに、なぜか他のことに邪魔されて書けず、やっと今ゆっくりパソコンに向き合うことができる時間がきました。

この2日、私の気持ちはどちらかといえばだいぶ前向きで、ここのところ起こる現象に対して不思議な気持ちを抱いていました。小さな一歩を踏み出したことで、小さな変化が起こってくる。

毎日の過ごし方、時間の使い方、行動の仕方、使う言葉の変化、関わる人の変化。

まずは、このnoteに向き合おうとする時間を新たに持ち始めたということ。この時間というのは自分に対して落ち着いて目を向ける事ができる時間でもあり、自分を振り替えれる時間でもある。1日1日の自分の成長も感じることができる時間。こうやってnoteに向き合ってるだけで、一つ進んでいるような気持ちになれる。

時間の使い方も変わった。夜の仕事をするようになると、夜寝る時間も遅くなる。でも朝は変わらず6時台に起きるため、少し昼寝の時間をとるようになった。でもこの夜は遅いのに朝は早いというスタイルでもう8年過ごしてきていたからか、なぜか早寝早起きしてたときよりも清々しい・・・笑

行動の仕方も変わった。いっときずっと何か誘われてもあんまり気が乗らないことが多くて家におりたいという気持ちになってたけど、どんどん外に出る様になった。なんなら、このnoteも今車の中で書いている。家の中に居たら、眠たくなったら寝てしまうけど、車の中は寝にくいから寝ることはないので安心。しかも立体駐車場に停めて、太陽の光を遮って、クーラー効いてて音楽も聞くことができる。私はずっと運転が好きなんだと思ってたんだけど、それは勘違いでした。私は車の中が好きなんでした。

使う言葉も、頑張ってみる、やってみる、やっぱりこんな自分が好き、そんな言葉が出るようになりました。いままでは、どうしよう、はぁ・・・しんどいなぁ、なんで今こんな自分なんやろう。って本気で思っていました。

そして、新たな人たちに関わるようになりました。夜のお店で新しく出会ったお客様、今までに出会ってきたお客様。ずっと距離をおいていたけどでも私にとって大切な存在で、大切な出会いで、関わることで元気がでる。こんな時間をずっと過ごしてきていたはずなのに、いつの間にかそれがわからなくなってきていて、いつの間にか自分勝手に手放そうとしていて。でもそれもこのコロナ禍のおかげで気づけたことなのかもしれません。あのまんま過ごしていたら、この夜の仕事を嫌になってしまっていたかもしれないし。

3年という長い長い暗闇のトンネルの中を歩き続けてきた気持ちです。いまようやくトンネルから抜け出して、景色が明るくなった。

またここから今みたいな晴れの日もあれば、曇ったり雨が降ったりする日もあるんだろうな。

そんな苦しい日を過ごしたくないっていう守りの気持ちになって、誰かと結婚して、落ち着いて安定した生活をしたいなんて思っていたけど、でもきっとこんな気持を抱えたままこんな逃げみたいな気持ちで結婚したって、結局うまくいかない。それなら、納得するまで自分をまた好きになって自信を持てるような行動をしてから、また結婚したい!そして次こそ、仲良しで仲良しでたまらない夫婦になりたい。

昨日の自分も、今日の自分も、好き。

それはきちんと行動してるし、前に進んでいる気持ちにちゃんとなれるから。

きちんと前を向くと、周りの人との関わり方もかわって、今までになかったことが進んでいくし、嬉しい連絡が来たりもする。

なんだ、前をむくってこんなに簡単なことだったんだ。

トンネルから抜け出すって、こんなに簡単なことだったんだ。

私がしたことはただ2つだけ。

ひとつはこのnoteを書き始めたこと。

そしてもうひとつは仕事柄、いままで出会ったお客様に連絡を入れたこと。

きっとその人その人にとって手段は違うんだろうけど、その人にあった方法がきっと見つかるんだと思う。

本当は、彼氏や子供と毎日一緒に夜の時間を過ごすことが自分の望みで、そうしたくてたまらないと思う日々を過ごして思い悩んでたけど、でも違う、本当はこの仕事が好きで、今しかできないこのときにしっかりやりきって納得することのほうが自分の本当の望みだとやっと気づくことができた今、ようやくやっと心が楽になった。

ずっとやるべきことをわかってるのにやらず、自信を失くして、弱気な自分になってたから、どんどん自分の進むべき道を見失っていたんだなと思う。やるべきことをやって、ひとつでもふたつでも進んでみたら、自分の道がまた見えてきて、ちゃんとした判断をできるようになったり、理想だけを追い求めるということがなくなるんだと知った。

理想というのは、自分の思い描く夢であるときもあるけど、でも私の場合は、現実の自分の進んでる道に自信を失くしての、逃げ道だったみたいだ。

今日も車の窓から見える太陽が真っ赤になって沈んでいく。さっきまで眩しくてたまらなくて、場所を移動しようかと思うくらい邪魔だとも感じたけど、ほとんど沈んでしまった今は寂しい気持ちにもさせる。

人間ってわがままだ。

でもそんなワガママも正直な気持ちで、こんな正直な気持ちをどんどん受け止めながら進んでいっていいのかもしれない。わがままとは、あまり良い印象の言葉ではないけれど、でももしかしたら、わがままとはありのままの自分の姿なだけなのかもしれない。そう思うと、わがままに生きる=素直に生きると思うことができて、おおいにわがままになってもっと素直に生きても良いのではないか?と思えるので、もっとわがままに生きてみようと思う。

一歩踏み出したあとに得られたものは、ありのままの自分を好きになりたいし、好きで居たい、という気持ちでした。




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