薬の花

 夜のカフェテラスでアブサンを飲んでいると、ミズキが言った。
 僕と君が死んだら、みんながありとあらゆる罵詈雑言を使って罵るだろうね。だってさ、僕らの骨は青いエクタールで染められてる。血は緑色だし、隠し通せやしない。僕らのひみつは暴かれる運命なんだよ。
 俺は、こいつはバカだなと思って笑った。気取っていて、詩人気取りで、何も分かってないくせに知性を振り撒こうと必死になっている。俺はこういうやつが一番バカだと思っていた。ただし、それは俺も同じだった。

 折れ曲がった針や、カプセルの抜け殻や、黒焦げになった夢の鍵や、酒の瓶や、煙草の空き箱が部屋に散らかっている。俺にとってこれは、花の咲かない種みたいなものだった。そうやって笑うけど、考えてみなよ、確実に花が咲く種なんてありはしないだろう。
 逆もまた言える。みんなは無い無いと言うけど、ある時には目に見える物があるって事だ。だって、あの窓の中に太陽の王国が存在するって信じられる?ナイアガラの滝と無数の尻が表裏一体である事を?この世は黄金と時計とターンテーブルで作られたカラクリに過ぎない事を?人間は回転寿司のベルトコンベアの上で横回転しているだけだという事を?カーペットの模様が実は古代の樹海の全貌であるという事を?全ては事実だ、俺がこの目で見たのだから。酔っ払いの言う事はみんな嘘だって言うかい、だったら真実の60%は少なくとも嘘だ。シラフと酩酊、どっちがその人間の正体か、考えてみれば分かる事じゃないか。嘘を自由自在に扱える状態を信じて、いくらかの本能が漏れてる状態を疑うか?だとしたら、酔っ払いだ。シラフになりなよ、冷静にさ。

 ミズキは死んだ。夢中になった隙に、身体中の神経が凍り付いてしまったそうだ。このクソ暑い夏にだよ。バカなやつ、生きてりゃもっと良いモノにあり付けるチャンスが有ったのに。案の定、連中はミズキを持ち上げて騒ぎ始めた。一方では天才が死んだと、もう一方では犯罪者だと、実にくだらない。二つとも不正解だ。正解は連中が死んだ時に自ずと分かるようにできているのか。他人が死んだ時、次は自分が死んだ時、人間が学習する機会はその二つしかない。

 俺はミズキが死んで、たった一人になってしまった。これは思いの外、辛い事だった。なにしろ、俺は言葉を聞ける人間はミズキしか居なかったからだ。ヤツは俺と同じく、花を咲かそうとしていたから。虹色の水をジョウロに入れて、振り撒いてた。骨みたいに痩せた身体で、宇宙の血管まで見えてるような銀色の目をして。
 夏でも長袖のセーターを着てたっけ。そんで、冬はいつも同じコートだ。なぜかリンゴみたいな匂いのする香水つけて、髪なんか胸下まで伸ばしてた。ボサボサの、櫛なんて1センチも進まないような藁布団でさ。
 世間では自殺って事になってたけど、俺は違うと思ってる。なぜって、頭がイカれてたのは認めるけど。知ってる?キチガイは自殺なんてしない。するのは病気のやつだ。同じだって?それは大きな間違いだ、誰だって死ぬのは怖いんだから。自ら死ぬような人は、狂ってるんじゃない、病気なんだ。誰も治してやろうとせず、なんなら攻撃し続けるから、そいつは死んじまったんだ。怖いだろう?酒でも飲まなきゃやってられないって気持ちが少しは分かったかい?

 ミズキの葬式では、偽善者達が涙を流して自分の優しさに酔いしれてた。何かというと人は泣きたがる。チャンスなんだろうな、優しい人だとアピールしたい偽善者達には。無意味な行為。人に見せるもんじゃない。どうせ時間が経てば、何もかも忘れて、SNSに愚劣な醜態を晒す快感でラリって踊ったりするくせに。おかしくて笑っちまうよ。

 とにかく、世間では快楽中毒のラリ公がラリ公をぶん殴って泣き喚く状態。想像を絶する体たらくだよな。いつまで続くの?これ。脳みそを明治時代に起き忘れてきたのか?ダンスホールと化した鹿鳴館の床で、ピンヒールの踵で串刺しにされたバナナの皮が連中の羞恥心なり知性だとしたら、この国はワクチンの代わりにダッチワイフを撒き散らすべきだ。あとは金。餌で釣らずに何で釣る?脅しか?

 悲しいけど、俺もミズキと同じ末路が待ってるだろうな。ちっとも花は咲かないし、このままずっと土ん中かな。それはそれでいいけどね、地上に出てメキシコの太陽に照らされたからって、飲まず食わずで生きられる光合成ができるってわけでもなし。

 

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