親と私と小さい私の話

私には結構年の離れた妹がいる。クリスマスプレゼントの要望を聞くために、離れた家で暮らす母と妹に電話をする。妹に「いい子にしてないとサンタさんこないぞ〜(笑)」というお決まりの文句を私が言うと、母はすかさず「でも、〇〇はいつもいい子だもんね〜?」と答えた。


妹はまだ保育園。私という姉はいるけれど、違う家で暮らしているのでほとんど長女みたいなものである。私は長女なのだけれど、妹は私によく似ている。

「いつもいい子」

母が言ったその言葉がすごく引っかかる。妹も隣で電話を聞いているのだから、「いい子にしないと〜(笑)」とおちょくった私より、いい子だよと伝えた母の方が正しいかもしれない。たしかに妹はいい子だ。でも、いつもいい子だからこそ私は心配なのだ。


両親は私が中学生の時に離婚した。妹は種違いだ。夫婦喧嘩をするとヒートアップする両親だったけど、離婚となるまではかなりの頻度そんな喧嘩が繰り返された。家族会議もした。小学生だか中学生の時、両者の言い分を聞いた私は両親に対して、「思ってることを!その時にちゃんと話し合わないから!こうなるんだよ!?」と号泣しながら熱血説教したことを鮮明に覚えている。

両親が離れ離れになることなんて本当に悲しかったので、離婚するなら結婚しなければよかった、とか、私を産まなければよかった、とか、比較的文句を言いやすかった母に散々訴えた気がする。それに対して母は「あなたを産んだのは間違いじゃない。だからパパと結婚したのも間違いじゃない。でもこれから一緒にはいられないの。」と言うので、私が産まれたことは間違ってないんだあ、と安心したり、両親も所詮他人同士の個人なんだから人生楽しい方がいいよなあ、とか納得したりして、離婚という結果を受け入れるようになった。

その後も「私はそんな両親の良き理解者ですよ。私も楽しく生きていますよ。」という顔をして過ごしていたので、清濁飲み干して乗り越えたという自負があった。のだけれど。ある時、納得はしていても、全てを許してはいない自分に気がついた。あの過程で経験した悲しみの数々は、癒されたわけではなくて、ただ蓋をして無かったことにしていただけだった。


私の母は友達みたいだった。今思えば母は、え〜そこまでいう〜?ということも私に話してしまう人だった。中高生くらいまでは「親子関係なく話し合えるなんて私たちイカしてるでしょ!」と思っていたのだけれど、今思えば母は親という立場を飛び越えてくるので、私も子という立場を忘れて“助言”したりして、「私がなんとかしなきゃな!」と思っていた。だからこそあんなに堂々と親に説教したのだろうけれど。

父は面白いお兄ちゃんみたいだった。けれど仕事が忙しい人なのでイマイチ正体不明だった。私が母に怒られたかで泣いているバッドタイミングで帰ってきては、中途半端な甘い言葉で私と母を宥める人だった。体調不良やら何やらニュアンスでアピールする人だった。怒ると口を真一文字に結ぶ人だった。この人は言葉で伝えるのが苦手なんだなと思っていた。


ずっと「私がいい子でいなければ、しっかりしなければ」と思っていた。親から子供として純粋な安心をもらった記憶を覚えていない。そうは言っても私は母も父も結構好きだし、愛情を持って育ててもらった自負はあるし、いっぱい迷惑かけて叱られ愛されぬくぬく育ててもらったことも事実だろう。控えめにいってかなり感謝している。楽しい思い出の事実も列挙することができる。けれど、「安心」して楽しかった記憶と思い出がぽっかり思い出せないんだ。申し訳ない。


覚えているのは喧嘩の記憶や泣いた記憶。保育園の時に両親の喧嘩を聞いた私が「りこんしないで〜」と泣いたら二人が笑って否定したこと。「りこん」なんてよく知っている、という笑い話に変えられたこと。大人達だけで話す会話には優しい笑いと怖い笑いがあること。怖い笑いはいつも私を恐怖させること。学校の農村体験で私がとった綺麗な緑色の卵は、夫婦喧嘩でブチ切れた父が勢いよくしめた冷蔵庫の中で割れてしまったこと。「え〜んえ〜ん希少な卵〜(笑)」と茶化したけれど本当は大泣きしたかったこと。父は苦い顔をして何も言わずになかったことにしたこと。母は「うちは離婚してるからあ〜(笑)」と笑い話の一つみたいに外で話して回るのでとても恥ずかしかったこと。両親の離婚後、唯一私のなにかのお祝いで家族揃って外食した時、両親は旧友みたいに楽しそうに話していて私まで楽しかったこと。帰り道母に感想を聞かれて「すっごい楽しかった!こんな日ずっと続けばいいのにね!」と思わず出た本心。黙る母に気づき泣きたくなって咄嗟に話題を変えたこと。


ずっとずっとそんな記憶しか出てこない。アダルトチルドレンとかインナーチャイルドとかいう言葉を知ったのは最近のことだけど、小さい私は未だに私の中でえんえん泣いている気がする。

そして未だに「いい子」に囚われている自分がいる。実際そこまでいい子ではないので、勝手に囚われているだけだ。


この苦しさは友達には打ち明けられず、「うちの親は離婚してるからあ〜(笑)」と母と同じ手口でしか伝えられない自分がいる。


まだ小さい妹には、私の中にいる小さい私を重ねてしまう。大人だけの会話に敏感なところとか。両親の喧嘩を両成敗しているところとか。笑って和ませよう頑張っちゃうところとか。空気を読んで「いい子」でいてしまう妹を思う。


「いい子」じゃなくてもいいんだよ。いるだけで愛される存在なんだよ。迷惑かけて我儘いっていいんだよ。

未だに小さな私も納得させられない私が、妹にどんな声をかけてあげればいいのか悩む。自分勝手に妹に過去の私を見出して、余計なことをしてないだろうか。とにかく今の私はただ、妹にとって安心の「おねえちゃん」でありたいと思う。


えんえん泣いている小さな私が、いつかにこにこ笑える日がくるように。そう思いながらこの文章を綴ります。

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