部活が嫌なら教師をヤメロ???
強者と弱者
「部活が嫌なら中学校の教師などやめればいい」
「部活をしたくないなどという情熱のない人間は教師をやる資格がない」
一部の人間の価値観と、労働者を守るための法律を並列に考えており、本来は議論の余地さえない的外れな意見ですが、残念ながらこうした偏見が一定の支持を得ています。そこには強者からの視点しかなく、弱者からの視点をまったく欠いています。
子どもがいない人や、育児を配偶者に任せきりの人には、何とか時間をやりくりしながら育児をしている人の生活が想像できません。祖父母が元気で、いつでも子どもをあずかってもらえる人には、土日の子どものあずけ場所を必死で探す人の気持ちは理解できません。バリバリに部活指導をして信頼を得ている人には、運動が苦手だったり、時間的にそれができない人の立場は考えられません。
なぜ断言できるかと言うと、私もかつては強者の側にいたからです。そして強者の側ではこう思っています。「俺は自分を犠牲にしてこんなに頑張っているのだから、他の人ももっとがんばってほしい。これじゃ不公平だ。」
実は強者の側も辛いのです。中には「部活が三度の飯より好き」な人もいるでしょうが、内心無理をしている人もたくさんいます。誠実な人ほど、情熱ある教師であろうとして部活の負担を『自発的に』増やします。本来やらなくていいはずの仕事を生み出し、その負担によってますます余裕がなくなります。余裕がないのでストレスが溜まり、部活を熱心にやらない教師に対して不満を感じるようになります。
子どもが生まれ、私も弱者になりました。教育への情熱を失ったつもりはありませんが、時間を生み出すことが物理的に不可能になりました。工夫をして10分間の休み時間も有効に使い、コツコツ仕事を片付けています。持ち帰れる仕事は家でやりますが、部活だけは家でやるわけにはいきません。部活に時間を割けないのは情熱の多寡の問題ではなく、勤務時間外の奉仕労働で成り立つ矛盾した仕組みの問題なのです。
新自由主義と部活
北欧に行ってきました。とても不便なところです。夜間や休日、お店がやっていません。それは、法によって企業の自由な競争が規制されているからです。こんな不便な国で人々はどう過ごしているのでしょう。多くの人は夕方4時には仕事を終え、帰宅して家族と過ごします。そして土日はもちろん、夏休みには2ヶ月のバカンスを家族で過ごします。企業には、労働者に連続した長期休暇をとらせる法的義務が存在します。
日本はとても便利な国です。いつでもどこでも何でも手に入ります。企業は自由に競争するので、際限なく便利な商品やサービスが登場してきます。自分の時間を「犠牲にしている」などと考えず、『自発的に』企業のために働く労働者が評価されます。「残業せずに家族と過ごしたい」と思っていても、口に出すのははばかられる国です。労働者を守るための法律はありますが、権利を行使しにくい国です。
日本社会の雰囲気と部活問題の雰囲気には共通点があります。部活も自由競争なので、練習時間や大会数は際限なく増え、保護者も顧問も過熱していきます。自分の時間を「犠牲にしている」などと考えず、『自発的に』部活を行う教師が評価されます。「部活をせずに家族と過ごしたい」と思っていても、口に出すのははばかられます。
世間は、教師も労働者であり、人間であり、父親や母親であるということを忘れがちであり、また教師の側も、「人間としての権利」を要求することに一抹の罪悪感を感じます。
それは教師が尊い職業だと分かっているからです。子どもたちのため、時には自分の都合より仕事を優先させる必要があることも分かっているからです。
だからこそ問題なのです。「生徒のため」だと思うから、「尊い仕事」だと思うから、我々は自分を犠牲にして正規の就業時間を遥かに超えて部活指導をしています。そんな教員の良心を利用して成り立っている今の状態が異常なのです。
権利は空から降ってこない
雇用者側は「部活動は職務命令ではなく、教員には義務がない」ということを教員や保護者に明確に示すべきです。そして教員側に部活をやるかやらないかの選択権を与えるべきです。これをやらないのは矛盾に気づいていながらそれを解消しようとしない雇用側の不作為です。
しかし、実際に苦しんでいる現場の教員が要求しなければ、この矛盾は決して解消されません。なぜなら、教員の犠牲には目をつぶって今の状態を放置しておけば、行政側はコストをかけずに現状を維持できるからです。
では我々はどうしたらいいのでしょうか。
まずは『自発的勤務』という不誠実な言葉を多くの教師が知ることが大切です。我々が一所懸命やっていることが「仕事」として位置づけられていないと知ることが大切です。知ることによって、「おかしい」と気づくことが大切です。そして声に出し、行動していくことが大切です。
口あけて、空を見上げていても、権利は降ってこない。
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