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第10回教育的学校環境

 連載「新しい教育のために学校の空間的環境を変える」の第10回です。オランダのイエナプランスクールの教員研修などをされている、ヒュバート・ウィンタースさんに全12回にわたって学校空間に関してお伝えいただきます。翻訳・解説は、オランダ在住の教育研究家、リヒテルズ直子さんです。

筆者 ヒュバート・ウィンタース Hubert Winters
 ヒュバート・ウィンタース氏(1952年オランダ生まれ)は、オランダで小学校教師の経験を10年、小学校の校長経験18年を経たのち、1999年に学校および現職教員のためのサポートを行う研修会社JAS(イエナプラン・アドバイス&スクーリング社)を設立し、以来、主としてオランダにあるイエナプランスクールの教員のための現職研修および、学校の教職員チームを対象とした教育支援事業を行ってきた。
 レオワルデンの聖パウロス小学校で校長をしていたときに、学校改築事業で、「子どもたちのための優れた学習環境の創生」という観点から教育学的な視点でこのプロジェクトにかかわり、さまざまな学校空間のアイデアを実現した。2003年より、JASの事業の一環として、学校の新改築プロジェクトでファシリテーターの役割を担う。すなわち、学校の教職員および他のすべての関係者が持つ、空間的ニーズを調査し、学校側のこれらの願望を空間的環境へと翻訳する立場にある建築家に対して仲介する役割である。
 現在までに、ウィンタース氏は、約50の新改築プロジェクトにファシリテーターとしてかかわり、本連載のテーマである学校空間についてのいくつかの記事もオランダ語の媒体を通して執筆、発表している。
 自然素材を豊富に利用してつくった、緑が豊かで、遊びの要素に満ちた室外空間は、単に遊ぶ場という意味だけではなく、教育的観点から見ても多くの可能性を提供してくれる。緑豊かな室外空間をうまくデザインすることで、さまざまな利点が生まれる。以下は、そのいくつかの例だ。

室外空間は体の動きを促す

 今日、肥満児が増えており、スポーツや健全な食事をさせることへの関心はますます高まってきている。しかし、スポーツをさせることだけが解決策ではないし、どの子も皆、スポーツ好きにさせられるわけでもない。
 肥満は、日頃から体を動かす習慣があるかどうかにもよる。たとえば、歩く、走り回る、登るなどといった活動だ。子どもたちに動きを促す室外環境は、痩せていようが太っていようが、どの子にも、毎日何らかの動きを促す環境なのである。

子どもたちを自然に触れさせる

 子どもたちは、自然に触れる機会をますます無くしてきている。学校に自然に満ちた室外環境を設けることで、子どもたちに、学校の周辺で自然に触れる機会を持たせることができる。このような環境にいると、子どもたちは進んで何かの生き物を探そうと自分から動き始めるし、自然のなかにあるさまざまな素材を見つけられるようにもなる。

 校庭をコンクリートで敷き固めてしまうことがよくあるが、そうすると、つい、(荒っぽい)サッカー好きの男の子たちがその場を乗っ取ってしまい、その結果、ほかの子どもたちが、運動場の片隅に追いやられるという事態が起きがちだ。
 たとえば、座っておしゃべりしたり、ゲームしたりする場所など、活動ごとにつくられた異なるエリアを用意すれば、違う興味を持つ子どもたちがそれぞれの場所を見つけて活動に取り組めるようになる。そうすることで、校舎外の学校空間を、皆で公平に分け合って使えるようになる。

 その意味で、植物や芝生を植えた場所、舗装した場所、高さの違う場所、何か建物がある場所など、変化のある空間をつくるとよい。国内外のさまざまな経験を通しても、こうすることで子どもたちの攻撃的な行動が減少することがわかっている。また、環境のなかに豊かな「緑」を設けることは、それ自体、人々や子どもたちの緊張を解きほぐす効果がある。

子どもや保護者や地域の人々の参加を促す

 学校の室外環境のデザインや設置、管理に子どもたちがかかわることで、彼らは自分たちの環境について深く考えることを学ぶようになる。校庭や遊び場が「僕ら、私たちのもの」になれば、シチズンシップ形成にもつながる。
 さらに、保護者や地域の人たちもかかわることで、保護者の学校への参加意識はいっそう強くなるに違いない。結果的に、学校と地域との関係は結束のある良好なものになる。
 こういう関係が成り立てば、「校庭に事故が起きそうなリスクの高いものが置かれている」などといった、保護者や地域の人々による、外からの一方的な苦情を避けることにも役立つ。

緑豊かな室外空間が持つ多面的な価値

 テレビやコンピューターの前にずっと座り続けているのではなく、倒木や水溜りや泥のある場所、枝などが雑然と置かれている場所、子どもたちが小屋づくりに取り組める空間、子どもにも飛び越えられる溝などを用意して、子どもたちをそこに誘うのは、けっして単純に「自然っていいよね」という漠然としたロマンティシズムから行っているわけではない。緑豊かな環境が子どもたちの発達によい影響を及ぼすことは、種々の調査研究からも証明されているのだ。

  • まず何よりも、子どもたちが自然に触れることに対して大きな関心を示すようになる、ポジティブな効果がある。こうした環境は、とりわけ6~12歳児を対象とする小学校教育ではとくに重要だ。今日の子どもたちは、20年前に比べて自然への関心が低くなっていることは知られている。だからこそ、環境を緑豊かなものにし、そこでインフォーマルに遊びながら学ぶ経験を子どもたちにさせることは、授業案をつくって実施する教室の中での教育と少なくとも同等に、あるいはもっと重要なものなのである。

  • 植物の果実や種子、花、木など、身近な自然の中にあるものを使いながら学ぶことで、植物や動物について(また生物の多様性について)子どもたちの知識を増やすことができる。

  • 「風景を通して学ぶ」(Learning through Landscapes)というイギリスのプロジェクトでは、校庭のデザインを変えることによって、子どもたちの攻撃的な行動を減らすことができ、その活動をやりたい同士で集まった、小さなグループの子どもたちが、それぞれの活動にふさわしい場所を選んで過ごすことを可能にしている。

  • 自然との触れあいは知的発達を刺激する。さまざまな教科に自然を取り入れながら学ぶことで、学びに意味が生まれ深まるという経験を子どもたちにさせることができ、学習成果は広い意味で向上する。

  • クリエイティブ(独創的)な仕事についている人や芸術家などは、子ども時代に自然と触れ合う何らかの経験をしたことが、今の仕事につながっているということが多い。

  • 自然の中で過ごす機会を持つことにより、子どもたちは何かしらのリスクのある状況でどう注意しながら行動するのかを学び、また、それを通して動作の発達が刺激される。緑豊かな環境の中で遊ぶことは健康に対してもポジティブな影響を持っている。とくにスカンジナビア諸国では、学校にいる時間の多くを室外で過ごさせようという議論が盛んに行われている。「緑豊かな環境の中にいること」は気分をリラックスさせる効果もある。このことは、地方の自然豊かな環境で遊んでいる3~5歳の子どもたちの研究からもわかっている。このような子どもたちは「コンクリートで固められた環境」にいる子どもたちに比べてストレスが少ないというのだ。

  • 自然の環境は人間関係も強化する。こうした環境は、友達と安心して一緒に過ごせる場所をもたらし、それはまた人間関係にもよい効果を持つのである。

  • ADHD(注意欠如・多動症)の子どもたちが、自然に触れられる機会を持つことの利点についての研究も行われている。極端に集中力に問題のある子どもたちは、毎日わずかな時間でも、定期的に緑豊かな環境で過ごすことによって、ほかの手段を用いなくても問題行動が減るという効果を得られることがわかっている。

  • 自然豊かな(室外の)遊び環境は、自然に恵まれない(室内の)遊び環境よりもずっと多様性に満ちた独創的な行動を子どもたちに促す。自然の中で遊ぶことは単に健康であるだけではなく、早い時期から子どもたちに、自然を知り、その価値を認めるようにさせる効果を持っている。

 上記のさまざまな利点をみると、今日の子どもたちが、自然体験を持たないことでどれだけ貧しい状況に置かれているのかがわかるだろう。学校は、「子ども学的責任」という観点から見ても、緑豊かな室外環境を積極的に生み出し、子どもたちの健全な発達のために貢献すべきなのだ。また、教育学の観点から見ても、こうした室外空間は、さまざまな可能性を提供してくれるものなのである。

戸外にいることは発達を促す重要な要因

 0~4歳の子どもたちにとっては、感覚を通した観察の経験がとくに重要だ。たとえば、見ること、聞くこと、嗅ぐこと、味わうこと、空間を経験すること、這ったり歩いたりすること、触ること、匂うこと、色を感じること、草と砂の違いを知ることなどだ。

 5~8歳ぐらいになると、子どもたちは、いっそう探求したり発見したりするようになる。動作についても、もっと色々なことに挑戦し始める。登る、うろうろ歩き回る、小屋づくりをする、穴を掘る、大きな枝を引きずってくる、木登りをするなどだ。自然環境は、発見活動にたくさんの機会を提供する。

 9~12歳の子どもたちにとって、自然空間は、学校での遊び場という意味に留まらず、自然教育や環境教育の機会をもたらすものだ。自然に用意された良質の指導書は、子どもたち自身が探究する機会を促すものとなる。
 たとえば、色々な種類の葉を探す、小さな生き物の名前を探す、蟻について探究する、巣箱をつくったり、それをどこかに掛けたりする、草原に生えてくるさまざまな草花の様子とその変化を追う、などだ。

 子どもたちは校庭で、自分で植物の種を蒔き、それが芽を出して成長していく様子を観察することもできる。保護者は、学校や保育所など、自然環境を整える仕事にかかわることで、お互いに共同し、普段とは異なる方法でお互いのことを知り合えるようにもなる。
 職員たちも日々、そうして変わっていく校庭を楽しむことができるし、校庭で毎年パーティを開くこともできる。子どもたちと一緒に協力して校庭での仕事に携わることで、校庭の花の育ちを楽しみながら、お互いへの信頼感情を増すことにもつながっていくだろう。

 校庭を地域に開放すれば、地域の人々も、校庭を「自分たちのものだ」という意識を持つようになり、その空間を一緒に協力して大切にでき、校庭の仕事を手伝いたいという人も出てくるようになるだろう。

学校の室外環境を企画する

 ところで、校庭を教育学的な観点からデザインする際には、いくつかの観点を考慮しておくとよい。それは、子どもたちが校庭で、個人的にも、集団としても能動的になるような仕組みだ。

遊びと運動の例

憩いとコミュニケーションの例

自然体験の例

創造活動と芸術の例

(良い室外空間を生み出すための)ステップ・プラン

ステップ1:ブレーンストーミング
 
各人のアイデアを引き出し、ボードに貼り付けていく。教育学的な校庭にするためにも、各人の要望を集める。「教職員や保護者には何ができるだろう」また、「子どもたちには何ができるか」を考え、積極的に利用しよう。なぜなら、そうすることで、次のようなことが可能になるからだ。

  • 自分の意見を聞いてもらえていると感じられる。

  • 長く持続する一つのプロセスの間で、お互いに関与し合うことができる。

  • 緑豊かな校庭に対してつながり、感情を持ち、それを通して責任意識が育ち、(将来にわたって)管理にもかかわろうとするようになる。

  • みんなで一緒に責任を持つという経験と、そのときの気持ちを通して、子どもたちの間に、他のさまざまな学校での活動にも、自分から進んで熱心にかかわろうという意識が育つ。

  • 子どもたちは、デザインの企画者として、インスピレーションに満ちた独創的なアイデアを発達させることができるようになる。

  • 子どもたちは、自然の中から遊びの場所を生み出すことを学ぶ。それを通して、いわゆる「普通の」遊び場では考えられないような遊びへの感覚が育っていく。

  • 学校の廊下や学童保育の部屋などに、校庭の写真や校庭で起きたことなどを貼り出すようにすれば、それを通して、誰にとっても校庭が活気のあるものになる。

ステップ2:準備
現状分析:今すでにあるものは何で、これからも使えるものは何か?
例:すでにあるタイルを戸外劇場のために再利用する。
  よいアイデアを生み出すために他の学校を訪問してみる。

ステップ3:デザイン
アイデア、要望、条件、法的規則を集める。
子どもたちをデザイン作成にかかわらせる。
学校のビジョンに統合させる。
優先順位を決める。
植物を植える場所、舗装する場所、高さの違い、何かの建造物など、変化をつける。
植物の開花の時期などを考慮する。
予算を立てる。

(以下のステップは、現場で内容を決めていくもの)
ステップ4:最終的なプランを立てる
ステップ5:仕事の手順を決める
ステップ6:管理と維持のための計画を立てる
ステップ7:実施に移す
ステップ8:利用する

翻訳者より リヒテルズ直子

 国土が狭く人口密度が高いオランダでは、山や森林に恵まれた他の国々に比べると、子どもたちが自然に触れられる機会が多いとはあまり言えない。また、緯度が高く冬の気温が低く、その期間も長いオランダでは、学校での学びも、暖房で暖かくした室内で行われることが多い。

 こうしたオランダでは、この十数年余りの間、保育園や小学校で、学校の敷地内に積極的に緑豊かな環境を生み出す動きが目立ち、増えている。保健局と学校が協力して全国的に推進している「健康スクール運動」でも、食育や運動能力の強化のために校庭のつくりを変えるという動きが盛んだ。

 0歳~4歳未満の子どもたちを預かっている保育園でも、庭の木陰や、庭に張ったキャンバスの布の影で子どもたちを休ませたり、庭で泥遊びや水遊びをさせたりするところが増えている。

 他方、本文の筆者は、イエナプランの専門家だが、イエナプランは、「学校は子どもたちが1日の大半を過ごす場であり、教室は子どもたちにとって生きるための空間(Living Roomと考えられなければならない)との立場に立っている。

 そのため、各教室には、カーペットが敷かれたり、寝そべることのできるクッションが置かれていたり、教室の隅にソファを置いてそこでゆったりと本を読むことができるなどの工夫がされている。テーブルや椅子の色、壁の装飾、棚なども、可能な限り「学校臭さ」を感じない、居心地のよいものにしようという工夫が凝らされる。

 さらに、イエナプランは、本物を題材とした学びも重視する。つまり、教科書など、本に描かれた絵や写真ではなく、外に出て本物に触れて学ぼうというものだ。こうしたイエナプランの考え方は、本校にあるような校舎の周りの空間づくりに一定の理念を与えるものだ。校庭は、のっぺらぼうに平たい空間、コンクリートで塗り固められた空間ではなく、子どもたちが、遊び、憩い、友達と対話し、自然に触れ、ものづくりに取り組む、つまり、家庭のような居心地のよい空間でなければならないと考える。

 オランダの学校を訪れる日本の教員たちは、まず、段差やゴロゴロした石や丸太がある校庭に驚く。「保護者は苦情を言わないのですか? 子どもたちが怪我をして危ないことはないのですか」と。多分、オランダでも、こうした校庭づくりへと切り替えていくときには、保護者を説得する説明会が各所で開かれたのではないかと思う。そして、保護者にもかかわってもらうことで、自然の中で育つ機会を子どもたちが持つことの大切さを実感させていったのだと思う。

 大切なのは、本文にもあるように、単に「自然に触れられるなんて気持ちがいいよね」というロマンチシズムに浸り、浸らせようというのではなく、そうすることで生まれる利点をきちんと挙げて説明できる能力なのだろう。

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