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ピラルクは私に笑いかける 第2章 ピラルクは飛ぶ? 鳥羽水族館取材記―1人の飼育員さんと出会って自分の浅はかさを反省した話【後編】

 第2章は、水族館の飼育環境や飼育員の三谷伸也さんのお話から、ピラルクとその命をより身近に感じてもらう回です。前編では、ピラルクの基本的な生態や鳥羽水族館のバックヤード、「飛ぶ」という習性について、お話をお伺いしました。今回は、その後編です。

 前編をまだ読まれていない方は、こちらからどうぞ。

 
 <実は、取材日程をすり合わせるメールの中に広報の方のこんな一文がありました>

 「企画書の『ピラルクを自宅で飼育する』という事につきましては、担当者曰く厳しいとの事でしたので、こちらについての取材は難しいかと思います」

 担当者の方、もしかして怒っている…?文面だけだと企画の雰囲気がうまく伝わらなかったのかな…。あくまでもシミュレーションの話なのだけれど、それでもだめなのかな…。

 そのため、取材当日は少し不安な気持ちで現地に向かいました。

 三谷さんがなぜ「厳しい」という表現をされたのか、どんな気持ちでお返事を下さったのか。後編は、そんなお話です。

「飼うのは無理」と言ったのに

 ピラルクを実際に飼っていた方のこと、教えて下さい。

 「一人は飲食店の社長さん。2×3メートルくらいの大きい水槽を特注で用意されて。僕は絶対に無理だよって止めたんですけどね。『大丈夫だって〜!見に来てよ!』なんて言ってました。

 でも、それから1年くらいして電話があった。『俺もう二度とピラルクも生き物も飼わないから、何とかしてくれ』って。大きくなって、跳ねるのが怖くてだめだって。その個体は、僕が話をつけて東京のサンシャイン水族館に引き取ってもらいました」

 そんな…。

 「音を上げずに飼い続けた方もいましたよ。こちらも社長さんでした。プールを作って、そこをガラス張りの温室にされて、飼われていました」

 すごいスケールと資金力…。最後まで飼えたんですね。

 「いいえ」

 音を上げずに飼い続けたというのは…?

 「ピラルクの寿命は飼育下だと約20年あります。先に飼い主の方が亡くなってしまった。その後、遺族の方が困られた。どうやって維持していいかわからないって。それも僕の所に連絡があったから対応しましたよ。県外でしたけど、その方の自宅まで何度も通いました」

 個人で飼えなくなったから引き取って欲しい、という連絡はこれまでどれくらいありましたか。

 「勤め始めてから30回以上はあったかな。今でも年に1度は必ず、多い時は年2〜3回」

 そんなに…。

ピラルクも人も、命がけの「輸送」


 「ピラルクは輸送がとても難しい生き物なんです」

 輸送…移動させることですか?

 「はい。水槽に移し替えてトラックなどに乗せて運びます。さっきお話したような飼えなくなった方の依頼の他にも、他所の水族館から展示替えのために引き取りをお願いされることもあります」

 どのようにして運ぶのか、作業の難しさも含めて詳しく教えてください。

 「大きい個体はとにかく暴れます。水槽に移し替えるために、5メートル四方の網を使ったり、ブルーシートの上に誘導して一気に包み込んだりして捕まえるのですが、本当に大変。ピラルクは大きくなると力が強くなるというお話をしましたけど(前編参照)、はたかれたら吹っ飛びます。僕、実は空手家で打撃には強いつもりなんですけど、2メートル超の個体を捕まえようとして足にぶつかられて靭帯を損傷しました。肋骨が折れたこともあります」

 「何度も経験した私でも、大きい個体は本当に難しくて。例えば10匹輸送したとすれば、7匹は死んでしまいます。移動途中に死んでしまったり、生きたまま運ぶことができたとしても、移動先の新しい水槽に入れたら適応できずにすぐに死んでしまったり」

 ピラルクも飼育員さんも命がけなんですね…。生き物を運ぶという作業に、考えが至りませんでした。

 「展示する生き物をいい状態で運ぶことも、水族館の大切な仕事の一つです。安全な輸送についての研究発表もやっています。でも、ピラルクに関しては、安全に正確に運べる術がないんです。今のところ」

ピラルクを水面まで呼ぼうとしてくださった三谷さん

 「飼い主にも死ぬ可能性が高いと了解を取った上でやりますから、たとえ死んでしまっても誰も僕たちを責めません。でも、心のダメージは大きいです。何がだめだったんだろうって、ものすごく気持ちが辛くなってしまう。ピラルクはなぜこんなに輸送に弱いのか、僕の中でのテーマなんです」

 企画書をお送りしたときに「厳しい」と三谷さんがお返事を下さった本当の意味を、私はこのときようやく飲み込めた気がしました。それと同時に、最初に考えていた企画の浅はかさを、恥ずかしく思いました。

 本当に飼おうと思っていなくても、飼育に関する情報を自分たちのようなメディアで発信してしまうことの危うさに、気付いていませんでした。

 「みんな、ピラルクが好きなんですよね。気持ちはわかります。でも、安易な気持ちで飼うべきではない、というか飼えないです。僕はおすすめしないスタンスを貫いています。生き物だから、最後まで責任を持って飼えたほうがいいじゃないですか。人間だっていつ死ぬかわからないんですから」

三谷さんとピラルク

 「僕がピラルクに興味を持ったのは、担当し始めて間もない頃でした。今よりももっと狭い水槽に6匹くらいいたんですけどね。ある時病気が発生して、続々と死んでしまった。こんなに大きくて強そうな感じの生き物でも死ぬんだっていう驚きがありました。意外と弱いんです。それに、お世話していると愛嬌があって面白くて。大きな目でちらっとこちらを見るじゃないですか。可愛いでしょう」

 「上司と一緒に輸送に失敗することがあっても、何が原因なんだろうって、ずっと探求してきた。そういう面白さを教えてくれた魚、好きな魚です。だからこそ、ピラルクが本当に好きだったら、水族館に見に来てください。自宅で飼おうなんて思わないでほしい。僕は昔からそう言い続けています」

ピラルクと三谷さん

 最後に、一番聞きたかったことをお尋ねしました。

 ピラルクに表情、あると思われますか。

 「表情、ありますよ。どんな魚にもありますけど、ピラルクは余計にね。
それに、こちらをきちんと認識しています」


広瀬聡子