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折々の絵はがき(35)

〈柳蔭図屏風〉横山大観 大正2年 東京国立博物館

絵はがき〈柳蔭図屏風(部分)〉横山大観筆

 季節はちょうど今くらいなのか、柳の枝は瑞々しい新芽におおわれています。たっぷりと枝を伸ばし、まるで森のように見える二本の木。途方もなく大きなものが与えてくれる不思議な安らぎがゆっくりと胸に広がります。風が枝を揺らすと、きっと空からは葉と葉が触れ合う音が降るように聞こえてくるのでしょう。その音を聞きながら、目を閉じた男はどこか充電のようにも見えるひとときを過ごしています。いつ腰を下ろしたのか、まだまだ立ち上がりそうにありません。そんな彼をロバはじっと待っています。

金色の空気に満ちたこの場所は、浮世ではないどこか遠い世界なのかもしれません。背中を丸め、自らを抱きしめるように座り込んだ男の姿は羽を休める鳥にも似ています。ようようたどり着いた彼を静かに迎えた柳は、柔らかな日差しでただ彼のまぶたを温め、ときおり木々の隙間から空を届けることを、男が身体を起こすまで幾日でも続けるのでしょう。

 横山大観は新しい日本画の創造に力を注ぎ、線描を抑えた独特の画法「朦朧体」を確立しました。この作品は大観が旅した中国の風景に着想を得て生まれたと言われています。大陸の大らかな空気には、それまで彼が背負っていた荷物をそっと降ろしてみたくなる特別な温もりがあったのかもしれません。そこにいるだけで身体がふっと緩むような、たまった澱が知らず知らず浄化されるような、なんともいえない気持ちよさ。土地や自然の不思議な作用を感じた大観は、それを描き留めたのではないでしょうか。

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