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「イギリスで社会現象になった『急進派書店』」清水玲奈

急進派書店が過去9年間で倍増

前回の記事(「イギリスで書店が増え続ける理由」)で触れた通り、イギリスでは、不景気にもかかわらず書店の売上がおおむね好調で、独立系書店、大手チェーン書店ともに店舗を増やしている。その中で、とりわけ顕著な社会現象になっているのが、LGBTQ+や有色人種など少数派による少数派のための書店の開店ラッシュだ。社会的、政治的な主張のあるこれらの書店は、「ラジカル・ブックショップ(急進派書店)」と呼ばれている。イギリスでは、互助団体である急進派書店連盟(Alliance of Radical Booksellers、ARB)も盛んに活動している。

急進派書店は、社会正義や政治に関する問題意識と主張を持ち、書籍の販売と関連する活動を通して、政治や社会、個人の変革を目指すことを目的に運営されている。アクティビストを自認するオーナー店長が経営していて、具体的には、LGBTQ+の権利、反資本主義、環境保護、フェミニズム、反人種差別を掲げていることが多い。

現在、イギリス全国の50の書店が急進派書店を名乗り、ARBに加盟している。うち5軒は過去2年間、つまりコロナ禍の時期に設立された新しい書店だ。医療従事者やスーパーの店員など、キーワーカーの社会への貢献にスポットが当たり、またワクチンの普及に際してもグローバルサウスに対する差別問題が浮上するなど、コロナ禍が多くの人々が社会正義に目覚めるきっかけになったことが、急進派書店のオープンラッシュの背景にあると言えそうだ。

2014年当時のガーディアンの記事によれば、その頃の急進派書店はイギリス全国で25軒に過ぎず、下降線をたどっていた。そこから、過去9年間で倍増したことになる。

ARB代表で、自らもロンドンのキングスクロスで急進派書店、ハウスマンズ書店(Housmans Bookshop)を運営しているニック・グレツキは、「仲間が50軒にもなったのは、本当に驚くべき現象です」と語る。「本を愛していて、読書文化を大切にすることで政治的な変革を起こしたい、社会に貢献したいと考える新しい世代が出現しました。そんな時代の変化を目撃できて、とてもうれしいです。コロナ禍で衣料店やデパートが次々と閉店する中で、本屋を開くのはとても勇気がいる決断だったはず。このようなリスクを負うことは、多くの人の情熱の表れにほかなりません」

本を売ることで、「静かな革命」を起こす

グレツキは、2022年の年末にはロンドンの複合文化施設、バービカンセンターの図書館で初めて開かれた急進派書店のイベント「静かな革命:急進派書店の祭典(Quiet Revolutions: A Celebration of Radical Bookshops)」を主催した。

会場の一角で開かれた討論会には、グレツキをはじめ、ロンドンやイギリス全国を代表する急進派書店の店長たちが出席し、それぞれの店の経緯を紹介した。

LGBTQ+書店の草分け的存在であるゲイズ・ザ・ワード(Gay’s the Word)は、ロンドンのキングスクロス地区にあり、1979年に創立された。「ゲイが合言葉」という大胆な店名を掲げたために、夜間もシャッターを開けておくことにした途端にウインドウを割られるなど、明らかな攻撃も受けた。現在の店長、ジム・マックスウィニーが店で働き始めたのは1989年で、それ以降、状況は大きく変わったという。ゲイの権利を訴える店はほぼメインストリームになり、逆に「店は今も急進派を名乗ることができるのか?」と自問することもある。「それでも、(ゲイが差別される国も含む)世界中からお客さんが来ると、こういう店が存在し、ゲイの権利を表明し続けていることの大切さを実感する。本を選ぶときは、キュレーションする感覚で選んでいる。現在の課題としては、トランスジェンダーに関する本が不足気味なので、その辺りを充実させたい」と述べた。

ゲイズ・ザ・ワード(Gay’s the Word)店長のジム・マックスウィニー

ロンドンで黒人の多い街として知られるブリクストンで、クラウドファンディングによってラウンド・テーブル・ブックス(Round Table Books)を創立したミーラ・ガーンシャムダスは、アジア系のレズビアンである自分のアイデンティティを生かし、「全ての大人と子どものための多様性の書店」を作った。きっかけとなったのは、2017年にイギリスで出版された9,000冊以上の児童書のうち、黒人やアジア系、少数民族が主人公の本はわずか1%というCLPE(Centre for Literacy in Primary Education)のレポートだった。これを受けて、その1%の中の児童書だけを集めた期間限定のポップアップ書店が誕生し、これに賛同者が多く集まり、ついにクラウドファンディングで書店が誕生した。「多様性を目指すことは、すなわち急進的であること」と、ガーンシャムダスは語る。店ではさまざまな出版社から「多様な」児童書を集めたブックリストを作成中で、他の店にもシェアしたいと考えている。ブリクストンの地元のコミュニティの大人と子どものためのイベントを開催し、貧しい子どものために無料で本を提供するなど、商業的ではない活動もしている。「自分たちはニッチな存在だけれど、メインストリームになることを目指している。今後の課題は、ほとんど出版すらされていないニューロダイバージェントの子どものための本を充実させること」と語った。

ウンド・テーブル・ブックス(Round Table Books)店主のミーラ・ガーンシャムダス

イングランド北部の地方都市リーズのザ・ブキッシュ・タイプ(The Bookish Type)は、2022年に開店したイギリスで最も新しいLGBTQ書店だ。店主のレイ・ラーマンによると、クイア(LGBTQ+)書店を名乗っているが、店内に置いているLGBTQ+関連の書籍は全体の1割のみで、人種、障害者の権利、フェミニズムなど、幅広く「ラジカルな」本を置いている。店として誇りに思っているのは、白人だけではなく多様な人種の人たちが来てくれることと、店の立地だ。文化的な地区ではなく、安売りドラッグストアやスーパーが軒を連ねるショッピングセンターの中にあり、生活に密着した場所に店を構えていることに意義を感じている。

ザ・ブキッシュ・タイプ(The Bookish Type)店主のレイ・ラーマン

ロンドン東部のニューハム・ブックショップ(Newham Bookshop)は1978年創業。店はボランティアで運営されている。創業当時から代表を務めるヴィヴィアン・アーチャーは、まず地元の親たちのグループを作り、子どもを気兼ねなく連れて来られるコミュニティ・スペースとして書店を開いた。一冊も本を所有していない子どものためにと本を寄付してくれる人など、地元の人たちに支えられて運営してきた。今は、一般書籍も置いている。かつてはサッカーチーム、ウエスト・ハムの本拠地が近所だったので、サッカー選手や関係者、ファンが土曜日ごとに店にたむろしていて、普段本など読まないような人たちにも本に親しんでもらうチャンスになっていた。今もその名残で、スポーツ関連の本も置いている。「ロンドン東部は多様なコミュニティがあり、それを尊重するのは大事なことです。地元の住民の人種構成が歴史的に移り変わる中で、どの言語の辞書を店に置くべきかということには常に配慮してきました。過去にはベンガル語が主流でしたが、今ではポーランド語やウクライナ語の辞書の需要が高まっています」

ニューハム・ブックショップ(Newham Bookshop)代表のヴィヴィアン・アーチャー

そして、ARB代表のグレツキが、自分が店長を務めるハウスマンズ(Housmans)について語った。創業は1945年。第一次、第二次世界大戦の教訓を生かした平和活動の拠点として、政治的パンフレットを集めて通信販売したことが、店の起源だった。今では、全ての分野にまたがるインターセクショナルな書店として、急進的な問題意識のある本を置いている。ロンドンでユーロスターが発着する国際鉄道駅、キングスクロス・セントパンクラス駅に近い立地のおかげもあり、民族や人種、男女を問わず、幅広い人たちが訪れる。本のセレクトを多様化する努力によっても客層の多様化を目指してきた。世界中の人が集まる地区にふさわしく、全ての人を歓迎するという意味で、ラジカルであると同時にメインストリームの書店でありたいと考えている。同時に、今も通信販売は活発に行っていて、地理的な距離は関係なくコミュニティを形成していると実感しているという。

ハウスマンズ書店(Housmans Bookshop)店主のニック・グレツキ

チェーン書店がLGBTの棚を設けて20年。闘争はつづく

この討論会のモデレーターを務めたのは、ノッティンガムの書店ファイブ・リーブズ(Five Leaves)を運営するロス・ブラッドショー。ベトナム戦争時代にはノッティンガムで反戦運動を掲げる書店マッシュルーム・ブックス(Mushroom Books)を運営していた業界の重鎮である。

ファイブ・リーブズ(Five Leaves)の店主ロス・ブラッドショー

各書店の紹介に続き、ブラッドショーは「イギリスで最も歴史があるLGBTQ+書店であるゲイズ・ザ・ワードと、一番新しいLGBTQ+書店であるザ・ブキッシュ・タイプ」の店長に、「現在、LGBTQ+の書店が急増している状況についてどう見るか」と質問した。

ロンドンの老舗のゲイ書店、ゲイズ・ザ・ワードのマックスウィニーは、90年代の終わりに、大手チェーンのウォーターストーンズがLGBTの本の棚を設けたときのことを振り返った。当時はちょうどイギリスで書籍の定価販売を義務づけていたネットブック協定が廃止され、ウォーターストーンズではこれらの本が割引価格で売られるということを意味したのだが、「それでも、とてもうれしかったのを思い出します。ボーダーズ(アメリカの大手チェーン書店で90年代ロンドンに大型店舗を設けていたがその後閉店)やアマゾンも参入して、店が生き残れるのかどうか不安に思ったことも事実ですが、それでも、賑やかなほど楽しいという諺の通り、LGBTの本が気軽に買えるようになったことを、心から歓迎しました」。それから、20年あまり経った今、コロナ禍もきっかけとなり、消費者のアマゾン離れが進んでいる。ロックダウンの頃は入店者数を制限したら店の前に列ができた。コロナ禍が明けてからも店の売れ行きは好調だという。

一方、2022年にリーズでザ・ブキッシュ・タイプを開いたラーマンは、「こんな時代に本屋を始めるなんて、やはり正気の沙汰ではありません」と発言し、会場の笑いを誘った。「でもリーズの私たちの店だけではなく、グラスゴーやヨークにも近年LGBTQ+書店がオープンしていて、重要なのは、どの店も、地域に応じて少しずつ違った個性や政治的主張があるということです。今後、どんな展開があるのか楽しみです」

ここでモデレーターのブラッドショーは、急進派書店の歴史について振り返った。メインストリームに逆行し、「重量揚げともいうべき力仕事を成し遂げてきた」と評価する。たとえばロンドンにあった伝説的フェミニズム書店、シルバー・ムーン(Silver Moon)は、アメリカの黒人女性作家マヤ・アンジェロウの本をイギリスで初めて置いた書店だった。70年代にはアジア系の子どもたちの教育問題について、アジア系移民の多い東ロンドンの急進派書店が流通させた政治的パンフレットがきっかけとなって教育政策が改善された例もあった。

そんな経緯を踏まえた上で、ブラッドショーは問いかけた。「それから半世紀経ち、さまざまな分野で一般の社会や政治の意識が向上しています。今も急進派書店は、かつてのように急進的であり、重量挙げをしているといえるでしょうか?」

これについては、書店が出版社に働きかけて出版される本の多様性をさらに高める必要性があるとの声が出た。また、人権問題において課題が残っていること、そしてLGBTQ+の存在や権利が認められるようになった中でもトランスジェンダーに対する嫌悪が深刻な問題になっていることが課題となっている。今も本を通しての闘争は続いているというのが、パネリストたちの一致した意見だった。

書店としての多様性を考える

急進派書店の居間を語り合う討論会第一部は、立ち見も出る盛況となった。主催者のARB代表のグレツキは、引き続きにぎわうブックフェアのコーナーの一角で、「来年はもっと大きな会場でもいいかな」と控えめに喜びを表した。ARBは過去には、9月から10月にかけてロンドンの別の会場で、既存の体制を批判する本を集め、ずっと過激なタイトルの「アナーキスト・ブックフェア」を開催してきた。グレツキは、新しい場所で新しいイベントを行うことは、新しい来場者を、ひいては急進派書店の顧客を開拓することにつながると話す。「静かな革命」というタイトルのイベントの方が、幅広い読者を惹きつけられたのは間違いない。

本来的には急進的な政治思想を持つ少数派のための書店だった急進派書店が、社会と文化の変化の波を受けて、多様性を重視するすべての人たちのための書店という位置付けに変わり、ロンドンだけではなく地方でもメインストリームの文化に入り込みつつある。「ロンドンにはさまざまな人種が住んでいますし、世界中の人たちが旅行で訪れます。一方で、地方にある小さな書店なら、生き残るために白人の保守派といった顧客層に合わせる工夫も求められるかもしれません。でも、どんな本屋であっても、そこで見つかる本は当然、多様であるべきです。読者は自分と同類の人々の経験についてだけ読みたいと思っているわけではないのですから」

多様性や社会正義といった価値観を広め、一般化することに、急進派書店は確かな貢献を果たしてきたと、グレツキは評価している。「人種差別問題やフェミニズムなど、かつてなら急進的な思想と思われた考え方が、一般化しつつあります。それは一夜にして起こったことではなく、何十年にもわたる闘いの成果です」

本を一冊売るたびに、世界を変える

グレツキは、「書店は社会を変える役割を担っている」と語る。「急進派書店にとって大切なのは、街の中で、目に見える空間として、誰にでも開かれた場所として存在していることです。もしもオンラインで本を注文し、家で読むのであれば、誰もそれを現象として目撃することはありません。店を構えていることによって、ふつうは消費主義に支配されている街の社会的規範に、さりげなく挑戦しているのです。もちろん、私たちには食べものも衣服も必要ですから、普通のお店があることは悪いことではありませんが、政治思想を考える場がすぐそこにあり、誰でもそこに入れるというのは、とてもワクワクすることだと思います」

バービカンの討論会第二部では、過去の有名急進派書店の店長たちが、歴史を振り返った。かつてロンドンを代表する書店街として栄えたチャリング・クロスにあった伝説的なフェミニスト書店、シルバー・ムーンのジェーン・チョルメリー元店長が、自分の店は「本を一冊売るたびに、世界を変える」という「ささやかな」目標を果たしたと発言し、拍手を浴びた。

「本を一冊売るたびに、世界を変える」という気概を持って本を売る書店主・書店員がいて、そしてそれに賛同して本を買う読者がいる限り、今後も書店は存続し、さらに、新しい主張を持つ書店が生まれていくだろう。イギリスの急進派書店のあり方は、書店と本の存在意義と可能性を改めて考えさせてくれる。

Photo: Max Colson
Courtesy of Alliance of Radical Booksellers/On the Record

清水玲奈(しみず・れいな)
東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。10数年のパリ暮らしを経て、ロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』など。『人生を変えた本と本屋さん』『タテルさんゆめのいえをたてる』など訳書多数。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。http://reinashimizu.blog.jp


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※本稿は、龍谷大学国際社会文化研究所の「ポストコロナ時代における芸術・メディア」プロジェクトの一環として公開しております。

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