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【2024年9月20日発売】ヴィア・ゴードン・チャイルド『ヨーロッパ文明の黎明』 近藤義郎・下垣仁志 訳


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『ヨーロッパ文明の黎明』

 ヴィア・ゴードン・チャイルド/近藤義郎・下垣仁志 訳

「20世紀に最も影響力のあった考古学者のひとり」(*1)であり「20世紀最大の先史学者」(*2)と称される考古学者、ヴィア・ゴードン・チャイルド(Vere Gordon Childe 1892~1957)。死後70年近く経つ現在でも、その著作の翻訳や関連書は途絶えることなく刊行され、今も世界中で熱心に読まれ続けています。

『ヨーロッパ文明の黎明』(The Dawn of European Civilization)は、チャイルドの業績のなかでも「デビュー書にして代表的著作」と称されてきました。このたび、本邦初訳がついに刊行されます。

(*1)『オックスフォード考古学必携事典』
(*2)S・グリーン『考古学の変革者』岩波書店、1987年

チャイルドを読む現代的意義

◎ 古代文明研究の指針

『ヨーロッパ文明の黎明』は、文明・文化の伝播システムについて、考古資料に根ざした明解な枠組みを提示した最初の書籍です。その後の考古学研究に決定的な影響を与えました。刊行当時、チャイルドは弱冠33歳でした。

本書の最大のインパクトは、インダス流域、オリエント、エジプトからヨーロッパ大陸、ブリテンにわたる体系的叙述でした。オリエントで農耕と畜産が発生し、余剰を蓄積したメソポタミア・エジプト・インダス川流域で都市が誕生し、その文明の光がユーラシア全体におよぶという、その後長らく通説となる枠組を構築したのです。

本書以後の著作とあわせて、チャイルドは、生産経済の誕生から都市・国家の誕生にいたるメカニズムとプロセスを解明しました。同時に、考古文化の同定法や文化間の交流・伝播モデルなど、考古資料の基礎、モデルの構築方法も提案していきます。

◎ 今なお新たな研究を触発する仮説とモデル

1950年代に開発された放射性炭素年代測定法による「革命」、1970年代以降のプロセス考古学(ニューアーケオロジー)、ポストプロセス考古学……という考古学の研究潮流において、チャイルドはつねに乗りこえるべき巨大な壁として屹立してきました。

なぜ、これほど読まれたのか、読まれているのか。個々のデータは古くなり、新しい資料の発見、研究の進展とともに、それぞれの地域の正確な過去は大きく変更されているにもかかわらず。(…)端的に言えば、どの時代、どの国・地域の人々にも関心を起こす、普遍的な価値を有しているからに違いない。考古学の分野では唯一と言っても過言でない「古典」と言えるだろう。

(本書解説)

一時はチャイルドの業績が過小評価された時代もありました。しかしそうした批判を経つつ、その視野の広さ、理論の懐の深さは今も見直され続けています。「チャイルドの枠組みの検証は、現代の考古学研究者全員にとって、大きな目標として残っている」のです(*3)。

(*3)佐々木憲一「チャイルドの業績」佐々木他著『はじめて学ぶ考古学』有斐閣、2023年

…環境適応の視点や社会人類学的な観点もみとめられ、かれはニューアーケオロジーの先駆けとも評価されている。文化要素の伝播パターンの多様性にも言及しているし、当事者の主観的な環境認知という、ポストプロセス考古学的な視座にも気づいていた。(…)チャイルドが積み重ねてきた考古学研究とその著作物は、これまでも、そしていまなお、批判をつうじて新たな研究視点が育まれてゆく源泉でありつづけている。

(本書解説)

◎ 日本の考古学理解にも欠かせない

チャイルドを抜きに日本の考古学史は語れないし、現在そして未来の日本考古学の展望も占えない。

(本書解説)

日本でも、考古学教室の講読の授業でテキストにされるなど、1920年代末以降「チャイルド熱」が高まりました。国内の多くの考古学者がチャイルドを読み続け、日本の戦後考古学を規定した方法論と理論の双方が、決定的な影響を受けてきました。

本書の理解があってこそ、1960年代以降の世界考古学の流れを理解でき、日本考古学の方法論的・思考的特質を浮き彫りにできるといえます。日本考古学を学ぶうえでも、チャイルドは欠かせない人物なのです。

本書では、未来に向けてチャイルドを読解するために、6人の執筆者による詳細な解説を付しています。さらに付録として、本書刊行の趣旨がよく伝わるチャイルド本人の「回顧」、「チャイルドの著書および各国翻訳一覧(1923-2023)」、「年譜」を収載しました。


ヨーロッパ先史時代の魅力

本書で扱われるのは、旧石器時代から紀元前1200年頃までのヨーロッパ世界です。

『黎明』の伝播図式 (丸数字は本書で扱う章の番号。本書解説より

オリエントに発した新石器文化と都市革命は、エーゲ海という独特の環境でミノア文明を誕生させたクレタ島を皮切りに、ヨーロッパに向かいます。

エーゲ海域に点在するキクラデス諸島、海域に面したバルカン、ヨーロッパ本土への伝播の「大回廊」である黄土地帯のドナウ川流域、黒海周辺の黒土地帯、バルト海沿岸から北欧、新石器文化を採用しなかったユーラシア終極地帯の森林種族……と描き出される、内陸ルート。

続いて叙述される南方の海上ルートでは、いわゆる「ドルメン」などの巨石建造者(メガリスビルダー)、稀少物資の交易に従事した武装商人団であるビーカー族が語られ、イタリアとシチリアに達すると、バルカン、エーゲ海域、ドナウなどの影響を受けて複雑に混淆します。オリエント由来の文化はイベリア半島を経て大西洋岸を浸してゆき、内陸と海上のルートを経て、新石器文化はブリテン諸島に至ります。

◎ 眩暈がするほどの多様性と、その混淆

これらの地図は、一見すると同時併存する諸文化が織りなす複雑きわまりないモザイクであるかに見える。だが、現実の歴史はさらに複雑だったはずだ。

(本書第19章)

本文に登場する150点以上の図版を眺めるだけでも、そこから見て取れるのは先史時代のヨーロッパ世界の「当惑するほどの多様性」(第19章)です。

そこに静かに鈍く輝いているのは、先史時代のひとびとの「自主性」と「独創性」、個性の強さと豊かさです。それらが自由に複雑に、生業と産業、交易を通じて混淆するなかに、太古のヨーロッパがありました。


知られざる伝説の考古学者

1930年代のチャイルド
オーストラリア国立図書館所蔵(Wikimedia Commons / パブリック・ドメイン)

世界各地には熱烈なチャイルドファン、オタクがいる。

(本書解説)

◎ ポップカルチャーにも影響

映画「インディ・ジョーンズ」シリーズで、主人公が「チャイルドの本を読め」というシーンがあります。憧れの考古学者としてチャイルドが登場するのです。漫画『MASTERキートン』で主人公が提唱する「西欧文明ドナウ起源論」の起源もチャイルドにあります。

ポップカルチャーの考古学者像にも影響を与えたチャイルドですが、日本ではそれほど知られていません。それは、ジャーナリズムで取り上げられるような華やかな発掘成果とは無縁で「地味」な研究者であったこと、また、すでに没後70年を経過しようとしている「20世紀前半の考古学者」であることが大きく影響しています。
 

◎ 多くの人を魅了する学究姿勢とその生涯

ヴィア・ゴードン・チャイルドは1892年オーストラリアのシドニーに生まれ、オックスフォード大学に留学し考古学研究の道に入りました。在学中には社会主義団体に入会し、労働運動の研究書も出しましたが、その後考古学の世界に戻り、25年に『ヨーロッパ文明の黎明』でデビューします。

先史学者としての地位を確立すると、エディンバラ大学の考古学講座の教授に迎えられます。続々と研究業績を刊行し、第二次大戦後、ロンドン大学の先史ヨーロッパ考古学教授および考古学研究所長兼教授に就任、56年に早期退職してシドニーに帰郷し、翌年自ら命を閉じました。生涯独身でした。

ちなみに、推理作家アガサ・クリスティの夫M・マローワンはオリエント考古学に多大な功績をのこす考古学者ですが、ロンドン大学時代のチャイルドの同僚でした。クリスティとチャイルドはよくともにブリッジをした仲であり、チャイルドは一時期、クリスティが戦時中居住したフラットに住んでいました。

かれは、現在社会への意識と政治性が濃厚な研究者であった。考えが変わらぬはずがない。(…)初版の人種内因的解釈から、第六版の環境的・経済的・社会的解釈への変容には、三〇年におよぶ真摯な研究の歩みが反映しているのである。

(本書解説)

研究者は、その傑出した専門能力を羨望しつつ、考古学の意味・意義を考える鏡として、しばしば、その「生き様」に惹かれる。読者は、自分への呼びかけを感じつつ、知的な刺激、あらたな発見、視点を得る。となれば、読み継がれないほうが不思議と言えるのかも知れない。

(本書解説)

間違っていると思えば直ちに自説を見直す真摯さ、類まれな言語能力と意志。孤高ともいえるその生涯と学究の姿勢は、今も人々を強く惹きつけています。

◎ ビッグ・ヒストリーの嚆矢

21世紀以降、人間の来し方・行く末を俯瞰する骨太の歴史書(いわゆるビッグ・ヒストリー)に一般読者の注目が集まっています。哲学的歴史叙述によりヨーロッパ文明の由来を解明した、『ヨーロッパ文明の黎明』は、ビッグ・ヒストリーの先駆けともいえます。

本書は決して雄壮で大げさな議論ではありませんが、文明がヨーロッパを覆ってゆくプロセスの詳細さ、太古の時空間を浮かび上がらせるその叙述には、知的な興奮とロマンがかきたてられます。

これまでチャイルドの著書は6冊が邦訳されてきました。しかし、彼の真骨頂である大著はいずれも未邦訳でした。『ヨーロッパ文明の黎明』の翻訳は1930年代に試みられたのち、その後長い時間をかけて引き継がれ、本書が初の邦訳となります。


訳者・解説者紹介

[訳者]
近藤 義郎(1925~2009 岡山大学名誉教授 戦後日本考古学を牽引した考古学者の一人)
下垣 仁志(京都大学大学院文学研究科教授)

[解説者](掲載順)
クリス・スカー(ダーラム大学名誉教授)
冨井 眞(大正大学文学部教授)
佐々木 憲一(明治大学文学部教授)
岡村 勝行((一財)大阪市文化財協会 東淀川調査事務所長)
澤田 秀実(くらしき作陽大学音楽学部教授)

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