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日本の学園もの映画をマニアックに網羅する研究書

Japanese High School Films:
Iconography, Nostalgia and Discipline

「日本の学園もの映画」
by Peter C. Pugsley
November 2021 (Edinburgh University Press)

日本の出版社もそうだが、英米の出版社もそれぞれに特徴がある。

日本研究に強い出版社といえば、ぱっと思いつくのはコロンビア大学出版局(Columbia University Press)、ハーバード大学出版局(Harvard University Press)とハワイ大学出版局(University of Hawai'i Press)だろうか。

コロンビア大学出版局は、ドナルド・キーンさんがおられたからだろう。日本文学の英訳本を数多く出しているし、日本の古典文学の研究書などもよく出ている。英訳本では、水村美苗さんの『 私小説』が昨年刊行された。江戸時代の女性文学者、正親町町子(おおぎまち まちこ)の『松蔭日記』の英訳版なんていう渋いものも出ている。正親町町子、知らなかった。。。おどろいたことに、『松蔭日記』は岩波文庫から2004年に刊行されていた(現在は品切れ)。洋書で自分の国のことを知るのって情けないけど、この仕事をしていると、そんなことはしょっちゅうだ。日々これ勉強である。

ハーバード大学出版局には、「ハーバード東アジア・モノグラフ」(Harvard East Asian Monographs)というシリーズがある。文字通り東アジア研究のさまざまな論文を出版している。

これから出る本だが、「豊臣秀吉の来世」(The Afterlife of Toyotomi Hideyoshi)というのが、おもしろそうだ。

ようは、20世紀、21世紀の日本で豊臣秀吉が大衆文化にどのような形で現れ、どう受容されたかを考察した本だ。秀吉の伝記である「太閤記」は、吉川英治をはじめ様々な人が小説にしているし、テレビドラマや映画化もされた。それを比較研究しているのなら、時代によってどういう特徴がみられるのか、興味のあるところだ。

こちらは表紙がウォーホルみたいにポップでキレイ。

ハワイ大学出版局は、日系移民が多いので、日系アメリカ人に関する本が多い。

さて、今回紹介する本は、エディンバラ大学出版局(Edinburgh University Press)から刊行されている。日本関係の書籍が出ないことはないが、めずらしい。ここは、政治学、法学、哲学、文学、言語学、古代史、中東研究のほかに、エディンバラらしくスコットランド研究に力を入れている。そして、映画研究関係の書籍が多いのも特徴だ。

この本はだから、日本研究というよりは映画研究の分野に入るのだろう。

本書は、映画の画像などを豊富に掲載しながら、日本の学園もの映画が、漫画や小説、テレビドラマやアニメと複数のメディアを横断する形で展開している状況を紹介している。と同時に、日本の学園もの映画が、全世代の日本人にとって、あるわかりやすいノスタルジーの光景を表していることも指摘している。

ここで私は「学園もの」といっているが、英語のタイトルは「高校映画」High School Filmsとなっている。でも、本書に引用されている映画のリストを見ると、かならずしも高校だけとは限らないようだし、日本語として「高校映画」というのは、耳慣れない。というわけで、勝手ながら「学園もの映画」とした。

出版社のホームページにいっても、簡単な目次(Contents)はあるが、どういう映画に言及しているかまではわからなかった。


というわけで、出版社の人にメールで聞いてみた。あんまり考えないで、「どんな映画がRefer(言及)されてるか知りたいから、Bibliography(参考文献)を送ってくれない?」ってメールしたけど、これだと参考にした本のリストが来てしまうかも、と気がついたのはだいぶ後。というのも、そのリクエストでちゃんと映画のリストが来たからだ。「Films Cited(言及された映画)」とリストの頭に書いてあった。まあ、私の英語力なんてこんなもんだが、それでもなんとか仕事は出来ている。実践で英語を使っていると、学校での英語教育って、つくづく入試で人を落とすためのものなんだなぁ、と思う。

それはさておき。その映画リストである。

すごかった。なんといっても量がスゴイ。全部で6ページあった。ざっと150本以上。有名なところでは『聲の形』『バトル・ロワイアル』『青くて痛くて脆い』『ちはやふる―結び―』『今日から俺は!!劇場版』『桐島、部活やめるってよ』などなど。

私の知らない日本映画もたくさん載っている。
『砕け散るところを見せてあげる』は、去年公開された映画だ。『ひるなかの流星』は、漫画が原作の映画化。『僕らのごはんは明日で待ってる』は、瀬尾まいこさんの人気小説の映画化だそうだ。
知らなくてスミマセン。なんせ学生だったころがはるか昔なもので、今どきの若手俳優さんが出てくる映画にとんと疎いのだ。

でもリストのなかには、けっこう古い日本映画も入っている。石原裕次郎主演の『狂った果実』(1956年)とか大島渚監督の『青春残酷物語』(1960年)、森田芳光監督の『家族ゲーム』(1983年)など。

それから、洋画というか海外の映画も入っている。『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は2018年のアメリカ映画。『フラッシュダンス』(1983年)なんて懐かしいものも入っている。でも、この映画の主人公って働いてなかったっけ?学園ものとどんな関係が??

アジア映画も入っている。『君のためのタイムリープ』は2017年の台湾映画。

研究者だから当然と言えば当然なんだろうけど、見ている量が圧倒的。たぶんこれだけアウトプットするには、その何倍もインプットしてないとできないはず。著者のPeter C. Pugsleyさんは、2011年に上智大学の客員研究員だったらしいけど、最初はアジアのなかでも研究対象は中国がメインだったみたい。今はオーストラリアのアデレード大学の准教授。

216ページのなかに、これだけ多くの映画を紹介しているとは、いったいそこからどんな日本社会や日本人像が浮かび上がってくるのだろうか。

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