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不完全こそ完全

 人から頼られるのは嬉しい。その人が自分の好きな人や信頼する人、かわいがる人だったらなおさら。だから見返りを期待することなく頑張って、その人のためにと尽くしまくってしまう。

 今月はそんな月だ。常に人のために頑張っている。普段なら誰かのために頑張れる自分をかっこいいと思えるけど、さすがに今はそう思えない。もう疲れた。自分のことなんて全く手につかない。プライベートの時間も仕事の時間も誰かのために使っていて、もうぐったりしている。

 こんなに頑張っていても仕事はイマイチだし、尽くしてる相手は自己中だし。なんか私ばっかり振り回されている気がして、報われていない気がしている。

 報われていないと思う時点で何かに期待しているんだ。期待していないと思っていたが、ちゃっかり誰かに期待している。誰かに褒めてほしい気持ち、労ってほしい気持ちがむくむくと湧き上がる。でも、他人なんていくらこちらが頑張ってもそこまで見ていない。常に気にかけてもらうなんて無理なこと。

 じゃあどうすればいいのか?
 自分で自分を褒めるしかない。

 けれど、これが難しい。完璧主義な私は少しでも思い通りにいかないと自分を責める。どんなにヘトヘトになるまで頑張っても、ちょっとのミスで自分に価値がないと思ってしまう。自分に対する期待と厳しさが入り混じって、できない自分を必要以上になじる。昔はそれが起爆剤になって頑張れていたけど、最近ではもう無理だ。

 いや、無理と思うのが正常なんだ。以前は無理と思わないくらい自分を追い込んで疲れや辛さを感じないようにしていた。でもそれももう限界だ。本当は、そこまでやれた自分を労り、褒めるべきだ。

 うまくできなくても思い通りに進まなくても、それが今の自分なのだから仕方ない。仕方ない自分でも、頑張っている自分を褒めたい。

 だけど、いくらそう言い聞かせても、できない自分に目がいってしまう。どうしたものかと思ったけど、短所があるからこそ長所があると気づいた。欠点があるからこそ良さが際立つ。至らないところを自覚しているから頑張ろうと意欲が湧く。うまくいかずにイライラしても、人生全体で見れば嫌な時があるから良い時があるし、より喜びも感じられる。

 不完全だから調和をとろうとする。
 不完全こそ完全なんだ。

 こう思えたら、少し心が軽くらくになった。

 今月は人のためにばっかり尽くして辟易したけど、来月はその分自分のために時間を使って自己中になろう。悪い時があれば必ず良い時もある。そう思えば苛立ったりしんどい時もやり遂げられる。

 何事もバランスと気づけたところで、やっと眠くなってきた。目覚めたら心の調和を第一に穏やかに過ごしたい。




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