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音楽の処方箋 その3 「心が見る懐かしの風景」

大型連休が近づいてきました。例年なら帰省や旅行で非日常を思い切り満喫する…はずが、それが叶わぬこのご時世。

帰省を予定されていた方の中には、ビデオ通話を使ってご家族や地元の友人とお話しようと考えていらっしゃる方も多いんだとか。

それでも直接会ってこそ伝わってくる人の温かさ、実際に足を運んでこそ感じる地元の空気や匂い、風景…。それらを恋しく思う瞬間だってあるはず。

今回はそんな方に向けて、寂しい気持ちを埋め、懐かしい気持ちにさせてくれるクラシック音楽を処方いたします。新幹線や飛行機に乗らずして貴方の心を故郷へといざなう、そんな効能を持った作品です。

「え、クラシックって日本じゃなくてヨーロッパで生まれた音楽でしょ?」とか「いや私、生まれてからずっと地元だし。住んでいる場所に懐かしいも何も…」などと侮ることなかれ。

聴いた(効いた)途端、心の中に広がる風景、それも美しき自然に溢れた風景に懐かしさを覚えること、請け合いです。

まずは内山から。地上ではなく上空から故郷を眺めているような、懐かしくもロマンティックな曲を処方いたします。


口承で伝えられてきた母国イギリスの民謡を収集し、作曲に取り入れたことで知られる作曲家、ヴォーンウィリアムズによる『あげひばり』。

ヴァイオリンの独奏と管弦楽によるこの作品は、「春は曙」という清少納言の言葉を彷彿とさせます(作品の元となった詩は全く別ですが)。ヴァイオリンが奏でるひばりのさえずりが春を告げ、聴く者の視点を上空へ運んでくれます。

果てしなく広大な空。ゆっくり羽ばたきながら見下ろした先、目に映るのはイギリスの豊かな自然と、その土地に住む人同士の、あたたかな営み。最後はひばりがどこか遠くへ飛び立つように、静かに曲が閉じられます。

現地を訪れたことはないはずなのに、懐かしさを覚えるこの作品。イギリス生まれにして、そこはかとなく醸し出される東洋的な雰囲気が日本人のノスタルジーをくすぐるのかもしれません。田舎の故郷や、今は会えない誰かに思いを馳せながら聴いてみてはいかがでしょうか。

のどかで平和な空気が漂う『あげひばり』ですが、草稿が書き上げられた1914年当時、ヴォーンウィリアムズは裏腹な状況に置かれていました。第一次世界大戦に医療軍として参加していたのです。彼の目の前には、地獄のような光景が広がっていたことでしょう。

戦後中断していた作曲を再開し、曲が完成したのは1918年、初演は1920年のことでした。曲に描写された風景は彼自身の、心の風景だったのかもしれません。

続いて山下からはこちらの1曲。
色んな事に追われて疲れている方へ。


ドイツの作曲家、マックス・ブルッフの『スコットランド幻想曲』作品46より序奏と第1楽章。

正式には、「スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、管弦楽とハープを伴ったヴァイオリンのための幻想曲」です。長いですね。

同じドイツを代表する作曲家ブラームスとはライバルでありお友達という関係であったブルッフ。日本との関係ですと、山田耕筰が1910~1913年の留学中に作曲を教わった人物の中にも、ブルッフの名前があります。

序奏から始まり切れ目なく演奏される1楽章は、机やテーブルに突っ伏して、目を閉じて聴くのが個人的にオススメです。

序奏の終わりにある楽語 morendo のとおり、だんだん消えるようにして1楽章の長調へ転じていく所は、悩みや苦しみから解き放たれて魂が浮上するような気分が味わえます。

全楽章を通して聴くと、1楽章のメロディーが味付けを変えて他の楽章でも何度も登場し、最終楽章では懐かしさと歓びを伴って現れます。天に昇っていくようなヴァイオリンソロのミソシミソシミの分散和音で上昇して終わった1楽章に対して、天から光が差してきたようにミシソミシソミシソミ~と下降してくる分散和音が出てくる最終楽章など、随所で見られる様々な伏線回収は見事ですね。序奏はgraveの楽語のとおり重々しく始まりますが、全楽章聴いていくうちに、心の視線が上向きになっていくことでしょう。

雄大な自然や吹き抜ける風と天から差す光など、この作品を聴くことで感じられる風景のなんと魅力的なことでしょうか。
意識よりもっと深い部分で、言葉にできない何かが奮い立つ気がします。

この曲を作曲した1879~80年当時、ブルッフはスコットランドを訪れたことはありませんでした。それにも関わらず、望郷の思いが呼び起こされる様なたくさんの魅力的な旋律に溢れているのは、友人であったブラームスと同じく民族音楽に関心を寄せていたからかもしれませんね。ブルッフは『スコットランド音楽博物館』という曲集に出会ったことで、スコットランドの民謡に触れ、他にも伝承されているヨーロッパの様々なうたに興味を持ち、民族的な要素を取り入れた曲を書いています。

全楽章で30分前後と長いので、せめて序奏と1楽章だけでもお聴きいただきたいのですが、きっと、序奏と1楽章を聴いたら最後まで聴きたくなるのではないかと思います。

今回処方いたします曲は以上となります。え?ますます故郷に帰りたくなってしまった?いつだって音楽があれば、心の故郷に帰れますよ!次回もお楽しみに。

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