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公認心理師(国家資格)制度におけるモラルハザード(1)他職種業務を心理業務と読み替えてしまう

 本論の要約:

 公認心理師は新しい心理支援の国家資格である

 日本の心理職資格は、民間資格でありながらも歴史を経て養成課程を作り上げてきた。その先に公認心理師制度が出来た

 しかし、経験者の受験資格が曖昧なため、訓練を受けていない人々が資格を得てしまった。その事実は一般社会には見えず、社会の側が不利を被ることになる

公認心理師という国家資格があります。大学の学部4年間と修士2年間の訓練を受けて、受験資格を得る資格です。今、資格取得を目指して大学や大学院で勉強・訓練に励む方もご覧になっているかもしれませんね。その中には社会人経験があったり、医療・教育・福祉等周辺領域で既に専門職としてご活躍になり、さらに心理の専門性を身に着けたいと真摯な気持ちで頑張っていらっしゃる方も少なくないでしょう。

この制度が出来る以前は、日本の心理職は民間資格者が担うほかありませんでした。代表的な資格は、何年もかけて養成制度を作り、修士課程と実務経験を経て受験資格を得る方法を確立させました。この制度しかなかった時代にも、多くの社会人経験者や医療・教育・福祉等周辺領域で国家資格をもって活躍する方が、さらに心理職として活躍したいと思い進学、修了し、有資格者となり、日本の心理職を担っていきました。

では、公認心理師制度はどんな関係者によって作られていったのでしょうか。国家資格試験や資格登録を担う日本心理研修センターのサイトに関連団体が載っていますので、ご確認ください。

http://shinri-kenshu.jp/outline.html

このように、資格にはそれが成立した背景や関わった人々が明確に存在しています。当たり前のことなのですが、その当たり前を強調しなければならないほど、現場では混乱が起きているのです。

どんな国家資格制度も当初は混乱が起きるもので、精神保健福祉士という国家資格が出来た当初にも、受験資格が曖昧で多くの人が受験出来てしまったために、専門性を身に着けていない人たちが有資格者になってしまいました。福祉の専門性のない心理職もたくさん受験してしまったのです。そういう内実を知っていれば、この人物の精神保健福祉士資格はあてにならないと判別出来るのですが、一般社会ではあたかも専門家のように映ってしまうでしょう。それは、とても不誠実なことだと思います。

同様のことが公認心理師でも起こりました。経験者のための受験ルートが回数限定で設けられたのですが、資格要件が曖昧過ぎ、自己申告と所属長の認定があれば受験出来てしまったのです。

皆さんは心理職経験がある人と聞いたら、どんな人を想像・想定するでしょうか。病院で心理検査や心理療法・カウンセリングをしている人、学校で働いているスクールカウンセラーや学生相談室の相談員、発達支援や療育機関、障害者福祉センターなどにも心理職が雇用されています。企業でメンタルヘルスサービスに関わる人もいますし、開業してカウンセリングルームを開いている人もいます。

では、さらにお尋ねしましょう。上に挙げた病院、学校、発達・療育機関、福祉機関などに勤めている人は全て心理職でしょうか。違いますね。病院には医師、看護師を始めとした医療職も働いていますし、学校で働く人の多くは教員です。福祉機関で働くのは三福祉士と呼ばれる社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士が多いですし、リハビリ職とも呼ばれる作業療法士、理学療法士、言語聴覚士は医療機関でも福祉機関でも働いています。

このように医療・教育・福祉などの領域では多様な職種の方々が働いています。どの職種も役割を果たすために、とても大切で、多職種が協力して働いて来ました。

ところが、公認心理師制度が始まると、上の機関に属する心理職ではない職種の人たちが「私は心理支援をしていました!」と名乗りを挙げ、受験資格を得てしまいました。皆さん、既に国家資格に挑戦し、合格するスキルがある方ですから、合格して資格を取ってしまったのです。

一般社会の皆さんに問いたいのです。皆さんは、こういう方が心理職だと思いますか?自分の身を委ねたいと思いますか?

受験した人達は自分が心理の仕事をしてきたと主張します。人を相手にする仕事は全て心理過程を経験します。だったら心理職なのでしょうか?繰り返しますが、公認心理師は学部と修士課程を経て受験資格を得る制度です。それと「人を相手に支援してきたので心理職です!」という方が一緒だと思いますか?

SNSでは、このような方々が「せっかくのチャンスだから」「今のうちに受ければ大学、大学院を経なくても資格が取れる」と匿名性に隠れて嘯(うそぶ)いています。もちろん、現実場面では、その方々はそんなことは言いませんし、対人支援慣れしていればいるほど、恭しく謙虚さを装うかもしれません。でも、本音は匿名のときに現れます。

支援対象者であるあなたのために、学びに時間やお金を費やさない人を、あなたは信用できますか?

では、心理職の経験者とは誰かということになりますが、そこで出て来るのが冒頭の関連団体です。4つの団体が挙がっていますが、その団体に関係して5年以上、心理職の経験がある方は明確に受験資格があると言えます。また、国家資格が出来るまで多くを担ってきた主要民間資格は修士課程と実務経験を受験資格要件としました。ここには社会のコンセンサスもあります。どんな専門性の養成も時代によって変化があるものです。かなり過去に遡れば心理職も養成機関などなく、現場に入って見よう見真似で専門性を身に着けていました。だから、古い年代の心理職には養成機関など重要ではないと考えている方もいます。しかし、現実や社会状況に鑑みて、適切な相場は決まるものです。ですから、今は修士課程を経てから現場に出るのが明確な相場です。つまり、訓練を受けてから現場に出る、という順番があるのです

ところが、先の方々の中には現場で身に着ければよいのだ、資格取得はスタートに過ぎない、と主張する方がいます。これは、これまで築いてきた心理職養成の相場にそぐわないものです。日本の職能開発は長らく、現場に直接入って見て学ぶやり方をしてきました。昔ながらの職人が典型的です。会社員も総合職志向ですから、入社してから新人教育を受け、各部署に配属されたら、そこで求められる仕事をゼロの状態から身に着けていく。これをオン・ザ・ジョブ・トレーニング、OJTと言います。こういう発想だと、確かにゼロの状態から仕事を身に着けることは自然なことに思えます。

しかし、例えば病院で看護助手を何年続けても、看護師になることはありません。看護師になるには専門の養成学校に行き、国家試験に合格しなくてはなりません。医師も同様です。このように、まず専門性を身に着ける学校へ行き、資格を得て、ようやく仕事につくタイプの専門性もあるわけです。

心理職は当初は職場飛び込みで仕事を覚えるOJT方式から始まり、徐々に養成学校制度を整えていきました。ですから、今は養成学校を終えることが資格取得、及び仕事に就くための前提となっています。

しかし、それは専門外の人が知ることではありません。特に経験のない状態で現場に入り、経験年数を重ねて資格取得要件を獲得する文化が残っている職域では、自分たちには公認心理師の受験資格要件があるはずだと考える傾向が強いかもしれません。例えば、先の三福祉士は相互に補完的な職種で、経験年数を経ることで別の福祉資格を受験出来ることがあります。そのような発想に慣れていると、公認心理師も受ける資格があるのだと錯覚してしまうかもしれません。しかし、福祉職と心理職に相互補完性はありません。心理職になるためには、まず専門課程を経る必要があります。現実的に、福祉資格者が心理職養成校に進み、ダブル・ライセンサーになることは珍しくありません。場合によっては養成校を経ずに心理業務を担っている方もいるかもしれませんが、それはかなり特殊なので、状況を説明し、それなりの根拠を示さなければならないでしょう。例えば、地域的に心理職人材が不足しているため、心理職の管理・監督の下、数年間の研鑽を摘んだうえで5年以上の経験年数があるというなら、受験資格に該当するかもしれません。ただし、そのような例はまず聞きませんから、多くの三福祉士に受験資格を得るにふさわしい職歴があるとは考えにくいのです。もちろん、医療資格者、教育資格者などにおいても同様です。

このように受験資格があると錯覚してしまう他職種資格者は、それを否定されると、心理職はなんと了見の狭い、不公平な業界なのだと憤るかもしれません。しかし、それは心理職の相場を知らないからです。自分たちとは違う職能開発業界だということを知らないので、怒ってしまうのです。知らないのなら、なおさら受験するにふさわしくありません。そのような方々が受験する権利をもちだすのであれば、合格した暁に利用者の権利がどう損なわれるのか、説明する義務があります。公認心理師は合格してから訓練を受ける資格ではありません。訓練を経た後に、ようやく受験資格を得るものです。医師も看護師も公認心理師も、養成課程において患者様や利用者様に関わらせていただきます。未熟ですから、御迷惑をおかけすることになりますが、養成校は学生に対しても実習先に対しても契約関係を結ぶので、それが許容されるのです。その過程を経ず、患者様、利用者様に関わることが何を意味するか、一般の皆様にお考えいただきたいのです。

一般社会の皆様は、メスを握ったことのない執刀医の手術を受けたいと思いますか?専門性のない有資格者の実験台になりたいですか?このような“有資格者”の支援を受けたいと思いますか?

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