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『うらおもて人生録』 色川武大

「こんなに優しい人を他に知らない」と母がこの本について言った。実家に帰った時に面白い本やマンガを回すのが、母と私のならわし。母がこういう言い方をするのは初めて。どんな本なんだろう。

著者は阿佐田哲也名義で『麻雀放浪記』を書いた人らしい。この本は戦争を体験し、終戦後に闇市や賭場で生き抜き、文筆家となった色川さんが若い人にむけて伝えたいことを書いた本。自分がどんな子供だったか、学歴、人を好きになること、賭場でみてきたもの、運…そういったことについて、決して押しつけがましくなく語りかけるように、記されている。

母が言ったことが最初のエッセイでなんとなくわかった。彼は「優しい」と思う。雀鬼 桜井章一さんの本も何冊か読んだことがある。彼もとても「優しい」と思う。「いい人」というのとはちょっと違う。「優しい」って何だろう。

ふと、昔のことを思い出す。私はカトリックの私立女子中学校を受験した。面接官はカトリックのシスターである校長様(すごい呼び方)だった。「あなたはどんな人になりたいの?」と聞かれた12歳の私は「優しい人です。」と答えた。その瞬間に彼女の顔がさっと厳しくなったのを覚えている。私はなんとなく好ましい答えだと思ったからそう答えただけだ。彼女はそれについて、それ以上何も言わなかった。印象的だったから記憶に残っている。

今、「優しい」とは何なのか考えてみる。捨て猫を拾うこと?おばあちゃんの荷物を持ってあげること?地球温暖化を防ぐために活動をすること?落ち込んでいる人に温かい言葉をかけること?「優しい」の意味を検索してみた。「1.ようすなどが優美である。上品で美しい。/2.他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである。/3.性質がすなおでしとやかである。」など。

「優しい、とはそう簡単なものじゃない」とシスターは思ったのではないかと、今の私は考える。優しいだけの人は摩耗してしまう。それでは生きていけないから、人は優しくなくなる。色川さんと桜井さんは「優しい」だけでなく「強い」。自分を守れるぐらいに、自分の大切な人を守れるくらいに、そして会ったことのない読者を守りたいと思うくらいに。色川さんや桜井さんの生きてきた賭場では見えない流れを感じ取り、長期的に運と付き合っていかなければならない。辞書の言葉を借りれば「情がこまやか」でないと生きていけないし、同時にタフさも必要である。

「優しい人になりたい」と無邪気に言えなくなった私だけれど、色川さんを読むと大したものだ、と思う。頭の片隅に「優しい」というキーワードを入れておこう。

169.『うらおもて人生録』 色川武大

2020年読んだ本(更新中)
2020年読んだマンガ(更新中)
2019年読んだ本:77冊
2019年読んだマンガ:86冊
2018年読んだ本:77冊
2018年読んだマンガ:158冊

#うらおもて人生録 #色川武大 #阿佐田哲也 #読書感想文

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