”kyoko、締め切りは14日だから、よろしくね。”
またこの季節になった。
成績付け。
ご縁があって、ここ数年、お世話になっている学校の、日本語クラスの成績をつける日が迫ってきたというわけだ。
最初に、そう言われた時にはびっくりした。
成績??
私が・・人様に点数を付ける・・・??
今までに、自分が成績をもらったことはあったけど。
ワタシ、イツノマニ、ソンナニ、エラクナッタンダ???
”最低点がxx点で、最高が△△だからね。”
選択科目だから、基準もなければ、詳細にわたるガイダンスがある訳ではない。
取り敢えず、”はい、わかりました。”と、返答するものの、今だに、この時期が来ると、身が引き締まる。
***
私は一度立ち上がり、ストレッチをする。
天井に向かって、両手をぐーっと伸ばし、大きく弧を描きながら、ゆっくり下ろす。続いて体を思いっきり左右に反り、ねじり、肩をクルクルと回し、背中を後ろに反らせ、脱力すること1セット。
それを繰り返し、気分が新しくなったところで、再びコンピューター前に座り、まずは神聖な気持ちで、生徒の名簿を取り出してみる。
今期はオンラインのみの授業だとわかっていたので、予め、学校のデータから顔写真を引っ張り出し、自家製名簿を作っておいて良かった。
それをしばらく眺め見る。
クラスの中で、目立つ子、発言の多い子は、すぐに顔を思い出せるけれど、(本人曰く)接続の関係で、毎回、顔なし出席の子は、一体どんな子なのか、その発言の記憶を辿ってみる。
名簿の特徴欄には、”ギター”とか、”7つの大罪”(漫画の名前)とか、”カタール生まれ”とか、”姉二人”とか、初日の自己紹介の時に聞いたキーワードが書かれているけれど、それだけで、その子がどんな出席態度だったか、思い出すには至らない。
そこでしばらく頭を捻る。
・・・しかし、待てよ。
本来なら、同じクラスで一緒に勉強するところを、目下の状況で、コンピューター前に座り続けなければならない若者たちは、通常以上の集中力を求められている。
それは、賞賛に値するのではないだろうか?
やはりここは、通常時より、ボーナス点を加えるべきだろう。
それに・・
たくさんの選択(ロボット、ウクレレ、美術、ヨガ、空手、サッカー、等々)がある中で、理由は人それぞれだけど、日本の言語を選んでくれるなんて、一市民として、彼らの選択に、敬意を表すべきではないか。
そうこう考えているうちに、点数は、段々底上げされてゆき、生徒同士の点差も、限りなく狭まり、その差たるや、まさに、0コンマ1単位になってくる。
うーむ。これじゃ皆、あまり大差ないじゃないの。
更には、判断基準の中に、1. 時間通りにクラスに現れたか(これはわずか数名のみ該当)、2. 積極的に発言したか、3. クラスの一員として、他の生徒を助けたか、の要素も含まれ、最終的に、4. その子自身が、授業内容をきちんと理解し、実際話せるか、も織り交ぜられているので、それはもう、ジグゾーパズルの領域であり、どの子もそれぞれに個性的で、何かしら、きらりと光るものがあり、そもそも、人の有り様を、点数で表現すること自体が、限りなく不可能な気になってくる。
しかし、それはもちろん、ただの言い訳であり、私は、与えられたタスクを、時間までに遂行せねばならないのだから、なるべくクールダウンした気持ちで、チェック項目を基準に、ひと通り評価をつける。
そして全体として眺めた後、今度は自分の持っている、他のクラスの評価と比較する。
そこで、細かい修正が入り、それが済むと、今度は、他の先生方が、どんな点をつけているか、参考までに閲覧してみる。
そして、一人一人の成績カードを取り出しては、”おぉ、この子はこんなに優秀なのか、じゃあ、その優秀さを際立たせるために、もう少し、点をあげた方がいいんじゃないかしら?”とか、”この子は、語学能力には長けているけれど、意外にも、興味がある科目と、ない科目で差があるから、日本語は多めにつけてあげたいな”、とか、何しろ、作業は永遠に、終わらないのである。
一回付けては、一晩寝かせ(まるでぬか漬けの野菜のようだ)翌日、再び、新しい気持ちで、その表を眺め、何度も推敲を繰り返す。
そしていよいよ締め切りが迫ってくると、私は、締め切り前の、三流作家のように、机を叩いて、こう叫びたくなる。
”ぬおぉーー、終わらないーーーっ!!!!”
画して、持てるエネルギーを振り絞って全てが終了し、教務担当に、その旨報告し終わったあとには、まるで、期末テスト後の生徒のように、ヨレヨレとしてしまう。
今日は、自分に乾杯しよう。
立場変われば感じ方も変わる。
貰う方は、ただの点。
しかし、付ける側のエネルギーたるや、なかなかのものだなんて、貰うばかりの頃は、気にもしたこともなかった。
世の中の、成績付けに関わる皆様方、お疲れ様です。
そして、毎週毎週、朝早くからコンピューターの前で1日を過ごす、生徒の皆さんも、お疲れ様!
早く、この時期を終えて、教室で、椅子取りゲームができる日が、再び来ますように。
2020年も、残るところあとわずか。