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リストの妄想を掻き立てるモーツァルトの神秘性

 夜中にピアノの練習したついでに、リストの楽譜を開いて1人で初見大会を始めた。パリで買ったブタペスト版で、編曲ものが集められている。弾いた曲や知っている曲が一曲も入っていない曲集なので、恐らく違う巻と間違えて買ってしまい、そのまま開かなかった楽譜だろうな。曲のタイトルを見てもあまりピンとこないので、気にせずに音符だけ追っていく。2曲目を弾き始める。g-mollで書かれている悪魔的な曲想の部分が途切れると一転、H-durに転調して突然アヴェ・ヴェルム・コルプスに繋がった。続いてg-mollのセクションに戻り、再びアヴェ・ヴェルム・コルプスが今度はFis-durで現れ、最後G-durに転調して終わり。よく楽譜を見ると、H-durのアヴェ・ヴェルム・コルプスの部分には「séparé」と書いてあり、この部分だけを演奏することも可となっている。こんな曲あったっけ?と、ようやくページを遡ってタイトルを確認すると、À la Chapelle Sixtine. Miserere de Allegri et Ave verum Corpus de Mozart(システィーナ礼拝堂にて、アレグリのミゼレーレとモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス)となっていた。あぁ、ミゼレーレ!

 ローマ・バチカンのシスティーナ礼拝堂で門外不出の秘曲となっていたイタリア人作曲家アレグリの「ミゼレーレ」を、イタリア旅行中であった当時14歳のモーツァルトが一回聴いただけで覚えてしまい、採譜したというエピソードが有名だ。モーツァルトは数日後にもう一度聴きに行き、数カ所を訂正したと言われている。リストは、モーツァルトによって明るみにされた秘曲ミゼレーレと、モーツァルトの短いながら最も感動的な聖歌であるアヴェ・ヴェルム・コルプスを繋げて「システィーナ礼拝堂にて」と題する一つの曲に編曲した。
 『ミゼレーレ』は「灰の水曜日〔受難節の初日〕」の詩篇(主よ、憐れみたまえ、御慈しみをもって/旧約聖書詩篇第51篇)に付けられた合唱曲で、復活祭前の聖週間のうち最後の三日間(水曜日から金曜日)に行われる朝課で歌われるそうだ。朝課では13人の使徒を象徴する13本の蝋燭が立てられ、曲の進行に合わせて一本ずつ消していき、最後にイエス・キリストの死を意味する深い闇となる。なんとまあ神秘的な儀式なのだろう。


1862年に書いた手紙の中でリストが述べているように、ミゼレーレは人間の苦しみ・恐れを、アヴェ・ヴェルム・コルプスは神の限りない慈悲と思いやりを表す象徴的音楽として扱われており、最後にアヴェ・ヴェルム・コルプスの音楽が再び現れるのは、愛が悪や死に打ち勝つことを表している

https://ja.wikipedia.org/wiki/アレグリとモーツァルト_システィーナ礼拝堂にて

 現世に生きる人々の祈りであるモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスを、どうしてリストが天国的な響きのH-durに移調したのか。いつもモヤモヤしていたのだけれど、曲全体を通しての調性の移行とコンテクストを知ることでストーーーーーーーーンと腑に落ちた。リストの中ではモーツァルトを取り巻く神秘的な音楽をもとに、”人間の苦悩や葛藤と、それを慈愛の光で照らす天” を対立させるファンタジーが構成されていたわけね。「システィーナ礼拝堂にて」はあまり有名ではないし、弾かれる機会も少ない曲だけれど、知らずに終わらなくて良かったので真夜中の初見大会万歳。
そう言えば、と思って調べると、来週の水曜日(2月22日)は灰の水曜日。


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