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読書日記 2023年10月・『異形コレクションLV ヴァケーション』

私の大好きな怪奇幻想アンソロジー、『異形コレクション』。
新刊が11月に発売されるようです。

嬉しい!さっそく予約しました。
このタイミングで、というのもちょっと遅すぎる気もするのですが、前巻『異形コレクションLV ヴァケーション』の感想を。

5月発売の本なので、読んだのは結構前です。
実はこちら、某誌の読者書評コーナーに投稿したものの、採用されなかったんですよね……。
せっかくなので文章を少し修正し、こちらにアップしておきます~。

***

「ヴァケーション」。
せわしない毎日を送る身には、なんとも魅惑的に響く言葉です。
収録作十五編、いずれも趣向の変わった「休暇」を用意し、読者を非日常の旅にいざなってくれています。
(元の場所に帰ってこられるかどうかは保証いたしません、という向きも多いけれども)。

冒頭を飾るのは芦花公園「島の幽霊」。
ネットのバナー広告で憧れのイビサ島とよく似た「いび島」を見つけた大学生は、喜び勇んで島へ向かう。
ところが最初の三日間は案内役の美女以外とは交流できず、お目当てのクラブへも入れない……という不自由さ。
さらに一日の終わりに石を一つ、彼女に渡さなくてはならないという不可解な戒めが。
そんな状況でも、主人公は美女と肌を合わせ悦に入っているのですが……
時折挟み込まれるネット記事、そしてタイトルの意味など、伏線がすべて鮮やかに回収されるラストが見事でした。

新名智「今頃、わが家では」は、夫婦で温泉旅行に出たものの、後にしてきた「わが家」が気がかりな妻が語り手。
洗濯物や玄関の鍵といった日常的な心配から始まり、次第に妄想レベルで不安感を募らせていく。
この不安と焦燥自体、一種の恐怖譚として味わえます。
そしてとうとう、妻の繰り言にうんざりした夫の提案で、旅半ばにして帰宅することに。
帰ってきた二人を待ち受けていたものとは……。
最後の一文の静けさがまた、恐ろしかったです。

井上雅彦「あの幻の輝きは」。
『異形コレクション』ではすでにお馴染みのコンビ、レディ・ヴァン・ヘルシングと司書のジョン君に会えるのが嬉しい。
二人の掛け合いもいよいよ好調。
風光明媚な湖水地方におもむき、衰弱した老夫婦の過去と秘密を解きほぐしていきます。
読後にはお伽噺の世界をひとめぐりしてきたような深い満足感を得られました。

空木春宵「双葩の花」は、垂直に果てしなく続く〈塔〉が舞台。
双子巫女の片割れが、人々の罪障を一身に背負い、ひたすら下降していく不帰の旅に出ます。
そのありさまが古雅の香り漂う文章で綴られており、文章だけでも読みごたえが。
読者は巫女とともに旅しながら、痛みと残酷さ、そしてそれらと背中合わせの甘美を味わい尽くすことになります。

そのほか、印象に残った作品を。
他者に自らの感覚を提供させられるディストピアを描いた「休暇刑―或いはライカ、もしくはチンプの下位存在としての体験」(平山夢明)。
円周率の数字を用いて精神的な旅行を楽しむ「ファインマンポイント」(柴田勝家)。
動物と人間との愛が切ない「オシラサマ逃避行」(牧野修)。
ラストを締めくくる「声の中の楽園」(王谷晶)などなど。
どれも読みごたえがあり、非常に充実した一冊でした。

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新刊のテーマは「乗物綺談」とのこと。
またどのような物語が繰り広げられるのか、今から楽しみです。
(了)

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