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読書日記『紙魚の手帖』vol.2

『紙魚の手帖』は東京創元社が発行する総合文芸誌。
創刊号が2021年10月に出て、vol.2は12月の発行。
すでにvol.3が出ているので、今さらvol.2について書くのは時機を逸している……
とは思ったものの、印象深い収録作が三編もあったので、やはり記録しておく。


「ウィッチクラフト≠マレキフィウム」

まず、空木春宵「ウィッチクラフト≠マレキフィウム」。
空木春宵は昨年刊行の作品集『感応グラン=ギニョル』が大変素晴らしくて、それ以来、注目している作家さん。
(ちなみに『感応グラン=ギニョル』についても感想をまとめたいのだけれど、あまりに好き過ぎてうまく書けない……という状態)。

「ウィッチクラフト≠マレキフィウム」は、魔女たちとそれを狩ろうとする騎士団との戦いの物語。
といって、舞台は中世ではなく近未来。
「現代魔女」を名乗る女性たち(必ずしも先天的・生物学的な女性だけを意味しない)が、VR上の仮想空間でウィッチクラフト(魔女術)を実践し、人々の心を癒やしたり、あるいは女性の権利を訴えたりしている。
それを快く思わない、「騎士団」を名乗る男たちが、やはりVR上で徒党を組み、魔女たちを血祭りに上げてゆく。

さながら中世の「魔女狩り」をSF的に再現したような展開なのだが、これはまさしく、今、この現実に起きていることの写し絵だ。
2022年というこの現代においても、オンライン上で、あるいはリアルで、女性が何かを主張したり行動したりすることに対して過剰なまでに拒否反応を示し、叩き潰そうとする男性の姿は多く見られる。
物語は、現代魔女のひとりと、「騎士団」に所属する男(シュヴァリエ)の視点を交互に提示しながら、この現代の病巣を的確に描写している。
女性である私からすると、シュヴァリエの境遇に同情するところはあるものの、「だからってそれを女のせいにしないでほしい」と怒鳴りつけたい気持ちになってしまった。

しかしもちろん、怒鳴ったところで問題は何も解決しないわけで。
さて物語の中で、魔女はどのようにこの男と対峙するのか――。
思いがけない結末が待っていて驚いたが、同時に深く納得もできる終わり方だった。


「さいはての実るころ」

続いて、川野芽生「さいはての実るころ」。
歌人としてだけでなく、幻想作家としても活躍する川野芽生。
空木春宵と同じく、私が今、注目&偏愛している作家さんのひとり。
短歌のほうは歌集『Lilith』(書肆侃侃房)が出版されているが、小説はまだ単著が出ていないので、こうした雑誌やアンソロジーなどに掲載されているのを探しては読んでいる状態。
早く単行本が出ますように。

「さいはての実るころ」だが、これは遙かな未来の物語。
「大戦争」が起き、文明が滅亡してしまったあとらしき世界。
機械の体を持った青年と、植物に身を覆われた少女が、湖で出会った。
二人は人間ではないのか、いったいどういう存在なのか、と気になって先を読み進めてしまうが、それよりも二人が少しずつ言葉を交わし、心を近づけていく様子が繊細な文章で綴られ、魅せられてしまう。
そう、川野芽生の魅力は、その繊細な文体と、イマジネーション豊かな世界観。
遠い遠い未来の廃墟にある湖も、金属の体でできた青年も、体に蔓や葉をまとわせ髪に花を咲かせた少女も。
一度も見たことがないはずなのに、目の前にその光景が広がっているかのように感じられる。
そして、ただ美しいだけではなく、残酷な真実も物語の裏に隠されていて、大変切ない締めくくりだった。


「無常商店街」


最後に、酉島伝法「無常商店街」。
この作者さん、ちゃんと読むのはこれが初めて。
デビュー作「皆勤の徒」について、SF好きの知人から話を聞き、「どうも自分とは合わなさそうな作風」と思ってしまい、今まで手が伸びなかった。
しかしこの「無常商店街」、予想外に面白かった。

姉から「一週間くらいうちのアパートに住んで、猫の世話をしてほしい」と頼まれた主人公。
その冒頭の会話に出てくる固有名詞からして、ぶっ飛んでいる。
住所は「浮図市掌紋町」(ふとししょうもんちょう)、アパートの名前は「仏眼荘」(ぶつがんそう)。
いかにもありそうで、いやでもそんな地名もアパート名もありえないだろう、というチョイスが良い。
さらに姉は「わたしはこれから無常商店街の深部に滞在する」という。
商店街の「深部」ってなんだ……? とツッコミを入れるひまもなく、
「あんたは来ないほうがいい。でももしも商店街で道に迷ったらジューススタンドを目指して。黒縁眼鏡の男にだけは注意してよ」
と謎だらけの言葉を残し、姉は一方的に電話を切る。
この冒頭部分だけで、すっかり引き込まれてしまった。

「仏眼荘」は一見普通のアパートだったが、妙な蚊に襲われたり、人の良さそうな大家さんが突然アメリカ合衆国を「コロンビア合衆国」、刑事コロンボを「刑事アメリゴ」と言い出したり、という前哨戦を経て、いよいよ主人公は無常商店街へ足を踏み入れてしまう。

商店街の固有名詞も、「ならざ鮮魚店」に「はそもか通り」、本屋は「天部書店」、銭湯「りどり湯」、洋食屋は「まめい亭」……と、ありそうでなさそうな、まともなようでまともでないような、なんとも言えない名前が並んでいる。

道に迷わないよう気をつけていた主人公だったが、気付けば異界に足を踏み入れてしまっていた。
ここから先が異界、ここまでが現実、とくっきり分かれるような形ではなく、徐々に周囲の現実がいびいつになってゆく様子がなんとも言えず恐ろしい。
そして、その歪んだ世界のありようが、恐ろしくて奇妙なだけでなく、どことなくユーモラスさを漂わせているのもまた魅力的。
(だからといって絶対に行きたくないけれど、この商店街)。
読みながら、自分の頭の中が好き勝手にかき混ぜられてしまう感じで、気持ち悪いんだけどすごく面白い、という希有な読書体験を味わわせてもらった。


以上、三つの収録作を紹介した。

『紙魚の手帖』は雑誌『ミステリーズ!』の後継誌ということで、ミステリ主体かなと思っていたが、「総合文芸誌」と謳うだけあって、SFあり幻想小説ありで、なかなかの読みごたえ。

すでにvol.3も手元に届いている(定期購読することにしました)。
読むのが楽しみだ。

(了)



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