熱狂する社員 ― 企業競争力を決定するモチベーションの3要素
バブル崩壊後のリストラをきっかけに、会社に尽くし、やりがいを感じる労働観は変化し、無気力な労働者が増えている。 この労働者は、会社に期待しないかわりに、会社に与えすぎることもない。
企業の競争優位の源泉であるヒトの能力を最大化し、社員を鼓舞し、熱狂させるにはどうしたらよいのか。
まず、無気力な労働者が求めているものを理解し、それを与えなければならない。誤解のないように補足すると、動機を与えるのではなく、生来持っている動機を維持し、それを削がないようにするべきである。
筆者の調査によると、多くの労働者が職場に求めているのは
- 公平感
- 達成感
- 連帯感
の3つだけであることがわかった。
この3つを充足させるには、「パートナーシップ (共通の目的に向かってともに働き、相手の利益やニーズに純粋な関心を持ち会う関係)」が企業文化の根底になければならない。のことである。
筆者が組織コンサルタントとして行った調査の元、入社して半年で従業員の意欲が削がれてしまった9割の企業と、そうならなかった1割の企業の差に着目したところ、高業績を上げている活気に満ちた企業の経営方針や経営慣行には、このパートナーシップが確実に根づいている。
本書では、経営者や管理職による日々の経営慣行が、社員の士気にどんな影響を与えるか、それは企業の業績にどうつながるかについて論証している。
情熱
情熱にあふれた企業※ の社員からのフィードバック
どんな改善の余地があるかアンケートを取ると、下記のようなフィードバックが得られる。
対個人ではなく、対組織への改善点が出てくる
社内の不公平感ではなく、業界水準と比較した昇給を求められる
会社と自分を同一視しているため、コミットメントが含まれる
関心の高い社員は、不満を抱えた社員でもある。
※ 自社への総合的満足度について、社員の75%以上が満足し、10%以下が不満を示している会社
士気が業績に与える影響
ジェフリー・プフェファーは、社員に高い士気をもたらす施策で、企業の業績を三〇~四〇%アップさせることが可能だと結論づけた。
筆者は士気と業績は互恵的なものであると結論づけている。
誰もが望む3つのゴール
公平性・達成感・連帯感の3つのゴールは公平性が最低条件で、公平性が満たされていない場合は他のゴールの影響力は小さい。
これらのゴールは95%の労働者には適用できる。5%の仕事アレルギーの人間には、解雇まで含めた懲戒的措置が彼らを変える唯一の方法だ。
公平性
労働者は現実的に正当な雇用を求めている。
正当な報酬と一般に考えられているものは、同業他社の給与の情報や、貢献度に応じた給与と会社の収益性との関係といった、多くの変数から成る関数である。
①雇用保証
最も根源的な欲求である。
終身雇用を目指すわけではない。
リストラを行う場合、経済的な必要に迫られていることによる最終手段として遂行していることが明確に従業員に伝わるようにするべきである。
リストラを行う際、金銭援助、再就職斡旋、コミュニケーションを行い、プロセスを開示するべきである。
また、それ以前に代替案を尽くし、希望退職者を募るのが原則である。
②報酬
給与をもらいすぎと感じる社員はほぼいない一方で、46%が「満足」、23%が「不満」を示している。
給与の満足度が上がると、会社全体への満足度、経営者への信頼、経営者が社員を重視しているという印象も向上する。
給与の満足度に影響する要素
- 社員の考える同業他社の給与の差
- 過去と比較して昇給しているか。勤続年数と給与の関係。
- 物価上昇を反映しているか
- 他のスキルが同レベルの社員と比較してどうか
- 現時点の貢献の反映
- 会社の業績
最も低い評価を受けていたことで共通するのは、会社が成果主義の賃金制度を導入すること。
賃金を上昇させることで、士気が上がり、離職率が下がり、責任回避が減少し、優秀な入社志願者を確保しやすくなる。
他方、上げ過ぎれば、社員はその目的や経営陣の能力に疑問を抱く。
出来高制度 (営業や工場生産の場で使われる)
出来高という客観的な数値が高すぎるというような労使での闘争を生み、個人での競争が促され、会社全体での協力が失われる。
メリット・ペイ
上司が部下を評価し、そのパフォーマンスに応じて給与を決める制度。
部下にパフォーマンス評価をフィードバックする際に彼らが不愉快な思いをしないように、上司の多くは、実際よりもほんの少し上(最低でも「満足」レベル)の評価をしてしまう。
グループ変動給
筆者の提案する方法。
- 基本給は、競合他社に遜色ない水準とし、昇給率はインフレ率を下回ってはいけない。
- 変動給は、基本給の上乗せ分であり、個人のパフォーマンスではなく所属グループのパフォーマンスに基づくものとする。
- 変動給は、基本給に一定のパーセンテージをかけて算出する。
- 個人のパフォーマンスに対しては、「表彰」の形で栄誉と金銭的報酬を付与する。
個人よりもグループのほうがより客観的で信頼性の高い評価が可能である。
また、グループ報酬がチームワークを促進する。
グループ変動給制度には数えきれないやり方が存在するが、大きく分けて「社員持株制度」「プロフィット・シェアリング」「ゲインシェアリング」の三つがある。
最も効果が高いのはゲインシェアリングで、平均25%の生産性向上が見られた。
以下はシンプルなものだが、効果的なゲインシェアリング制度の一例である。
①対象期間の平均月間売上を算出する (例:$100万)
②同時期の平均月間賃金コストを算出する (例: $20万)
③今月の最初の月の売上が$120万だった場合、賃金コストは比例して$24万となる。
④実際の賃金コストが$21万だった場合は、$3万余ることになる。これを社員と会社で50%ずつ配分する。
この制度がこれほどシンプルなのは、パフォーマンスの基準が「賃金コストが売上に占める比率」のみであるからだ。品質や出荷のパフォーマンスを含める場合もある。
研究所のような部署で、組織全体の定量的な評価が難しいケースでは適用が難しい。
達成感
人間は基本的に、自分の待遇に高望みはしておらず、自分の成果に満足感が得られるなら努力を惜しまない。
達成感は、仕事自体のやりがい、新しいスキルの習得、業務遂行能力、仕事の重要性、パフォーマンスの評価、誇りを持って働ける会社
という6つの要素から生まれる。
ビジョン
情熱を高めるには、顧客志向と基本理念が重要である。
(本章の内容はビジョナリー・カンパニーの引用が多く、割愛する)
しかし、調査によると、 「目的・使命・ビジョン・価値 … 」 、得てしてこれらの文書の有効性に対して社員は懐疑的である。経営陣がこれらに情熱を持ち、言動を一致させる必要がある。
権限委譲
社員は、官僚主義を職務達成の大きな障害と考えている。
決済承認プロセスや機能的分業がその原因となる。しかし、権力構造なしに、あるいは権力行使を躊躇しない経営者や管理職の存在なしに、会社は存続できず、混乱と無能な組織になる。生産工場のような、作業が予想しやすい企業では、作業手順を明文化した、伝統的な階層構造によるマネジメント手法のほうがよい結果を生む。逆に研究所のような、不確実性の高い、広範な問題解決能力が要求される職務では、管理の緩い、自己管理と意思決定へのメンバー参加を重視する組織のほうが有効だ。
やりがい
効率維持という制約条件の範囲内で、社員がなるべく仕事をやり通すことのできる組織編成を考えるべきである。また、可能なかぎり顧客との関係構築にも責任を負うべきである。
本書の執筆者に、製薬会社で実験動物の世話係の心得を啓蒙する獣医チーフだった人間がいる。彼によれば、そこの世話係は、出勤時間にしろ、檻の清掃にしろ、動物の給餌時間にしろ、とにかくやる気がなく、「おざなりの連中だった」のだ。この問題の核心は、一人の世話係が、餌と水の補給、檻の清掃、投薬管理、飼育記録(食欲、体重など)といった作業のうちの一つだけを担当していたことだ。まさしく、単純な反復作業である。高度な能力を使うこともなく、「顧客」全体に対して責任を感じることもほとんどなく、毎日同じ手順で檻の掃除を延々とつづけるのである。
フィードバック
その人に対して関心を払う人が一人もいなければ、モチベーションは急速に萎えてしまう。フィードバックで指導・評価・称賛・報酬・指揮を行う。
パフォーマンスのフィードバックは、その必要性が生じたときに、可能なかぎり速やかに行う必要がある。パフォーマンスの劣った社員に適切な指導を行わず放置した場合、他の社員の士気に悪影響を与える。
連帯感
社会的な動物である人間は、コミュニティから精神的な健康を得る。
しかし、会社によってかなりのばらつきがあり、相手との距離が近いことが必ずしも満足感につながらないし、遠いからといって不満を持つわけではない。
部署間の利害対立は、不要なコストを生む。そこで、利害対立を防ぐ手だてには、基本的に次の二つがある。
- コンフリクト(利害対立)・マネジメント……各部署は、争いをやめ、事態収拾のメカニズムを確立することに合意する。
- パートナーシップの確立……各部署は、共通の目標を目指して、協力関係を積極的に築くこと、利害対立とそこから生じるコストを最小化するだけでなく、付加価値が望める関係を樹立することに合意する。
出典
デビッド・シロタ. 熱狂する社員 ― 企業競争力を決定するモチベーションの3要素 ウォートン経営戦略シリーズ . 英治出版株式会社. Kindle 版.