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文車妖妃

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夏のホラー淫クリレー'22における30日目の投稿作、『目目連の緒』のサイドストーリーです。 動画本編中には登場しなかったSZ姉貴の視点で綴られる物語になっています。
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記事一覧

文車妖妃・一

 それはきっと、執着なのだ。
 私───葵鈴は、そう考えた。
 愛とか恋とか、そういうものとは違う。
 それらはあくまで執着の一種に過ぎない。
 私はただ、胸中に宿った呼称を知らぬ別種の執着を、恋愛感情と見誤ったに過ぎなかったのだろう。

 狭いながらも不自由の無かった、四畳半の自室に私は居る。
 文机に両肘をつき、上半身の重みを預ける。天板と胸の間に、湿気を濃く帯びた不快な空気がべたりと滞留する

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文車妖妃・二

 初めに、空虚があった。
 鑑みるに執着とは、空虚から生じるのだろう。

 私が学生生活そのものに魅力を感じられなくなったのは、高校入学から間も無い頃の事である。以来現在に至るまで、私はずっと帰宅部のままだ。
 何故そのような事になったのか。自分自身の心の動きには、今も合点が行っていない。
 入学前。
 私は、これから始まる高校生活の放課後をどんな風に送ろうかと夢想しては、浮き立つような悩みに耽っ

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文車妖妃・三

 私の中の空虚は、程なくして埋まった。
 ある土曜日のことである。

 平日はいつもすぐに学校を出る私だが、土曜だけは夕方まで帰宅しない。
 土曜は午前で放課となるので、昼食を食べに帰宅する者がほとんどだ。
 外には人が多いから、あまり帰りたいという気持ちが湧かない。逆に校内は人が少なくなるので、気に入っている。私にとって休日とはもはや外界の者達と顔を合わせずに済む時間───という意味の言葉になっ

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文車妖妃・四

 空虚が満たされた日の夜。
 ひとしきり恋の余韻に酔い痴れた私は彼女に手紙を書いた。文字通りの恋文である。
 心という器に満ちるどころか溢れ出んとするそれを、ただ何処かに吐き出さなければならないと思ったのだ。
 便箋を引っ張り出し、亡き祖母の遺品であるこの文机に向かい。思いつく言葉を何とか繋がるように並べて、一つの文章にしてゆく。
 幼い頃に亡くなった私の祖母は筆忠実な人で、たくさんの人と文通をし

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文車妖妃・五

 手紙を外に持ち歩いたその日。
 私は夕方になって、ようやくあの子を見に行った。
 日が傾くまで、どうにも事を起こせなかった。何となくそれは、無粋な事であるように思えた。なるべくあの時と同じ状況が良い。夕陽の下で、もう一度彼女の麗しい顔を垣間見たかったのである。
 あの時ほどでは無いにしても、また夕焼けが赤く教室を覆っていた。
 私はつい先週と同じように、素知らぬ顔を装って一年B組に這入った。
 

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文車妖妃・六

 心が内へ閉じこもったまま膨らみ始めて、二年が経った。
 それだけの時間が経てば、流石に情報も増える。あの日教室で私が見たあの子は、水橋譲花という名前らしい。手紙を書き始めた時はあんなにも知りたかった事だというのに、不気味なほど感情が動かなかった。ただ、綺麗な名前だな───とだけ考えた。
 彼女───水橋は、文芸部に所属していた。あの夏休みに一緒に居た二人の男もその一員であったようだ。
 私が入学

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文車妖妃・七

 私は膨張を続けている。
 ひと時の悲しみが胸を裂こうとも、脳はただそれを整理し、解体する。
 つい先刻までの私の心に渦巻いていた激しい感情も、ここへ帰り着いた頃にはすっかり理性によって水平化され、鎮静していた。
 ただ、執着だけが、ここに残っている。

 つい一時間ほど前。終業式が終わった後の事である。
 高校最後の一学期を終えた私は、二年前の春と同じように夕方まで学校に居残っていた。特に理由も

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文車妖妃・八

 思う、という行為は心の領分だ。
 情報を受容して、そこに意味を感じ、味わう。
 考えるのは、脳の領分だ。
 情報を整理して、その中に理屈を見出し、飲み込む。
 そうして人は味わったものを飲み込み、吸収してゆく。
 心の喉元を過ぎれば、如何なる美味も単なる栄養である。脳はただそれらの成分を分類し、消化するだけなのだ。
 恋もまた、味わうものであるらしい。
 その甘味や苦味に、私の心はずっと酔ってい

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文車妖鬼

 気がつくと私は、林の中に立っていた。

 風に木の葉が擦れる音と蜩の啼き声だけが、身体を包んでいる。
 昏く深い緑が、さわさわと揺れている。

 ───ここは、何処だろう。

 陽はまだ、完全に落ちてはいないようだ。
 少し遠くに目を遣ると、木立の間に小豆色の空が開けている。
 目算でおよそ数十米ほどの距離である。彼処からならば、景色が見渡せるかもしれない。少なくとも手掛かりくらいにはなるはずだ

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