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『パラサイト 半地下の家族』ストーリー解析① 構成

映画『パラサイト 半地下の家族』はご存知のように、カンヌ映画祭パルム・ドールやアカデミー作品賞を受賞するなど、その作品性が高く評価されています。
しかしながら表面的なストーリー自体はいたって明快であり、いわゆる「通好み」の映画にありがちな、大衆をふるいにかけるような難解さはありません。

脚本も担当したポン・ジュノ監督が作り上げた本作の物語構造はいかなるものだったのか?
ストーリーを分解し、そこからキャラクター造形、用いられているモチーフや隠されたテーマなどを分析することで、その秘密を解き明かしていこうと思います。

初回はまず、全体的な構成から解析してみましょう。

※ 以下ネタバレを含みますのでご注意ください。




三幕構成による分割

『パラサイト 半地下の家族』
 本編 約127分
(クレジット部分を除く)
 ・第一幕(0分~30分)
 ・第二幕(30分~101分)(ミッドポイント:62分ごろ)
 ・第三幕(101分~127分)

 第一幕(0分~30分):半地下の家 ~ ベンツで送られるギジョン

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 第二幕前半(30分~62分):運転手食堂でのキム一家 ~ パク邸リビングで宴会をするキム一家

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 ミッドポイント(62分~65分):前任家政婦ムングァンの来訪

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 第二幕後半(65分~101分):隠された地下室へ ~ 洪水後、体育館へ避難したキム父子の会話

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 第三幕(101分~127分):夜明け、ダソンの誕生日パーティ開催へ ~ 返事の手紙をしたためるギウのモノローグ

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第一幕と第二幕の境界

『パラサイト 半地下の家族』はミッドポイント(物語の中間点)まで非常にテンポよくストーリーが進行していくため、第一幕と第二幕の境界が少しわかりにくいものになっています。
加えて、第一幕と第二幕前半は全体的な画面のトーンが「明」で共通していることもあり、ミッドポイントまでを丸々大きな第一幕と解釈する意見も海外の解説サイトなどでは見受けられました。

しかし物語を注意深く追っていくと、やはり「ベンツで送られるギジョン」と「運転手食堂でのキム一家」のシーン間に幕の切れ目が存在していることがわかります。

まず第一の根拠として、ベンツのシーンの直前でパク・ドンイク社長と運転手ユンが登場しており、地下室のオ・グンセを除く主要なキャラクターが出揃ったタイミングであるということが挙げられます。

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第一幕の重要な役割は物語の「導入」であり、これにはもちろんメインキャラクターの紹介も含まれています。
観客の面前に物語の材料を出しきったところでさて本題、という流れですね。

そしてもう一つの根拠として、運転手食堂においてギウの発した2つの台詞が挙げられるでしょう。

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「いよいよ作戦開始?」

「もう始まるんだな」

作戦とはもちろん、「先住者(運転手ユン、家政婦ムングァン)を追い出し、キム一家が丸ごとパク家に寄生する」ためのものです。
つまりここまでの段階、
・ギウが友人ミニョクの代理としてダヘの家庭教師になること
・ギジョンがダソンへ絵画療法をおこなうこと
そしてそれらに絡んだ身分の偽装は、まだ「計画」ではなかったということになります。

その一方、二人の先住者を追い出すための作戦は、ギジョンがとっさの機転でベンツ内に「罠」を仕込んだ後から明確に企図されたものと言えるでしょう。

第一幕と第二幕の切れ目がわかると、本作において制作陣が第二幕で観客に何を見せようとしていたのかが明確になってきます。
つまり「一家丸ごとパク家に寄生しようとしたキム家がどのように成功し、どのように失敗したか」ということです。


ミッドポイントからの急展開

キム家の成功と失敗をはっきりと分割する契機になるのが、前任家政婦ムングァンによる突然の来訪です。

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ムングァンが地下室の入口を開けた瞬間から作品のムードは一変し、それまで優雅さすら感じられるほどに楽天的だった空気が、陰惨で不快な、独特の臭気を発するものへと変化してしまいます。

すべては、秘密の地下室とそこで蠢くオ・グンセの存在がムングァンによって明らかにされたことに起因しています。
自分たちが生活し愉しんでいるすぐ足下に、息を潜め、這いずり回る存在があった。
知らないでいるうちは気楽でいられたのに、知ってしまった瞬間から背筋が凍りつくような事実────それは多くの観客にとって、自宅の隅に不快な虫を見つけてしまった体験と重なることでしょう。

自分たち自身がパク家の「寄生虫」になろうとしていたキム一家にとっても、オ・グンセの存在は驚天動地の新事実です。
どれほど緻密な作戦であっても、このような可能性を組み込めておけるはずもない。
誰よりも狡猾であったはずの彼らは「計画」の無力さを知ります。

混乱の中でパク一家が突然の帰宅をする第二幕後半では、第一幕から描かれ続けていた「無知」の有様がいっそう際立ち、キム一家の視点を通じて観客にも共有されます。
パク夫婦が赤裸々な欲望を発散させているソファの下には食べ滓が汚らしく散乱し、そのすぐ横にあるテーブル下の狭い空間で親子三人が息を潜めている。
数分前までこの世の支配者であるかのように気勢を上げていたキム親子は、オ・グンセと同じように「虫」として振る舞わざるをえない自分たちの立場を痛感させられ、闇の中できつく目を閉じます。

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「明」と「暗」の対比

ミッドポイントから第二幕終了までは一続きの夜の場面なので画面は当然暗いトーンになりますが、第二幕前半までの人工光に照らされた明るい夜とは異なり、隅々に禍々しさを含んだ闇の描写となっています。

第三幕に入り夜が明けると陽光の差すパク邸での誕生日パーティーが描写され、それはエンディングでの、死の世界を連想させるような青みがかった雪景色と完全な対比となります。

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この対比こそが、第二幕における「キム一家の成功と失敗」によってもたらされた結果を端的に表現したものです。

オレンジ色の陽光の中での爆発的な混乱と、それに続く青白く凍りついた街並みの圧倒的な静寂────夢と現実が一瞬のうちに交錯したこの不均衡な物語を通じてキム一家は、主人公ギウは、どのように変質してしまったのか。
第三幕で観客に突きつけられる光景は、まさに悲劇の帰結であると言えるでしょう。




いかがだったでしょうか?
感想やご意見など、コメントなどでお気軽にお寄せください。

次回の『パラサイト 半地下の家族』の解析は、主人公ギウの内面的な造形について取り上げようと考えております。

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