見出し画像

【孤灯芭#44】旅先の朝

あちこち旅をしてまわっても、自分から逃げることはできない。

ヘミングウェイ

朝早く起きて、温泉巡りに向かう。徒歩5分の露天風呂に行こうとしたが、妻との電話でそこが開いていないことを知る。そして、この温泉郷に来たら行っておくべきと誰が言ったか知らないが、そうらしいところがあるらしく、徒歩10分ほどかけて行くことにした。からんからんという下駄の音が川のせせらぎに流されてゆく。

その風呂は目の前に滝があって、迫力があった。自然の中をくり抜いてつくった風呂のようであった。露天風呂は無限に入れる。かつて独身時代は朝から夕方まで、近くにあるスーパー銭湯の露天風呂に入り浸っていた。しかし、ものの3分ほどで体を拭いている自分がいた。

妻と子どもを部屋に置いて来ているからなのか、暑くて入っていられなかっただけなのか、行っておくべき風呂にしては感動がそこまでだったからなのか、温泉巡りの無料パスを使わないともったいないと早起きした自分に嫌気が差したのか。理由は分からない。人間は合理的に動いているようで、動いていない。とにかく一刻も早く、風呂から出ようとしている自分がいた。

帰り道に再び10分ほど歩く。先ほどよりも暑い。背中にじっと汗をかく。部活動に向かう現地の中学生とすれ違う。とっさに私は目線を逸らすのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?