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【短編小説#3】光を遮るサトイモ

娘の熱が下がらない。このまま一生下がらないのでは、と思う程である。彼此一週間になる。

仕事を休んで朝から娘の小児科に行って、昼から短時間、買い物に行く。普段は土日に行く雑多な人混みが埋め尽くすスーパーも、閑散としていて悪い気分はしない。何気なく階段下のガチャガチャコーナーに目をやる。角にある台から、周りのものとは違うオーラを感じる。目をやるとそこにあったものは。

ーー土偶

一度その前を通り過ぎて一周し、初めて来たかのように装い、止まってみる。辺りを気にしていない風に見て、一周している間に手の中に準備しておいた百円玉三枚を穴に入れて、レバーを回す。それはもう、見たことはないが、パリ地下鉄のスリ集団の如き出癖である。しかし、何度回しても出てこない。

ーー不具合ございましたら、お近くのスタッフまで

娘のためと言い訳できる年齢に達していない娘を抱え、私は高い天井を見つめた。

ーーお困りのことございますか

気を利かせて店員が声を掛けてきた。私は事の次第を伝えると鍵を徐に取り出して、好きな土偶を選んで良いと伝えてきた。私は、外から見える範囲で見極め、合掌土偶を手に入れることに成功した。私はもう三百円支払うからもう一つ選ばせて欲しいと図々しい提案をした。そこに尊厳も矜持もない。もう娘の熱を手で感じることができなくなっていた。

*

私は家に帰り、二体の土偶のレプリカを机に置いて眺めていた。祈る姿の方は幻想的だが、やはり縄文のビーナス、こちらは神々しい。最近の研究で、採集したドングリやトチノミをモチーフにしているという説を思い出し、どのあたりがドングリかトチノミか、と触りながら確かめた。それは現代に生きる私が当時の作り手の気持ちを想像するのではなく、私自身が縄文人そのものになり代わり、作ってみる、のである。

ふと気がつくと部屋が暗くなり、娘が不機嫌であることに気づく。こうなればもう止まらない。残りの三体も同じ手口で手に入れることで頭がいっぱいになる。縄文への熱を帯びる私。今日は休みで本当に良かったと、娘の頭を撫でる。頭が熱い。娘は泣きながら、ビーナスの頭を咥えていた。

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