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【読書感想文】 マリアビートル

伊坂幸太郎著作『マリアビートル』の感想文です。久々に読み返しました。私は同じ本を読み返すことは基本ないのですが、この作品だけは何度か読み返したいな〜と思える作品です。新幹線を舞台にしているから、新幹線に乗るたびに思い出すって言うのもあるのかも。あとスパイとか殺し屋っていう、非日常的かつ、どこかスリルある裏社会的な設定が好き。

※ネタバレ注意です

ざっくりあらすじ

伊坂幸太郎作品の中でも有名な殺し屋シリーズ。4人の殺し屋「木村」「蜜柑」「檸檬」「天道虫」は、とある新幹線の中でお互いを疑い、憎しみ、殺し合う。「木村」は自身の息子を危篤状態にさせた犯人を殺すために、業界内での腕利き者「蜜柑」と「檸檬」は依頼人の息子を助けるために、一見か弱く自信のない「天道虫」は依頼人が指定したトランクを盗むために。その中でも中学生である「王子」は、殺し屋たちを超える極悪人レベルで、大人たちをあの手この手で振り回す。一体誰が生き残り、誰が生還してミッションを終えられるのか。

悪を象徴する「王子」の存在

作中で描写される中学生男子「王子」は、誰もがゾッとするようなおぞましい性格の持ち主として描写されています。彼は「木村」の幼い息子をビルの屋上から押して殺したり、同級生を操ろうとスタンガンで痛めつけたり、挙げ句の果てには「初めて人を殺したのは小学生」だと言っています。殺人を依頼されている殺し屋よりも恐ろしい存在ともいえるでしょう。

この「王子」は、名前そのもの、「人を操ろう」「人の上に立とう」とする思考を持っています。

「世の中にはさ、正しいとされていること、は存在しているけど、それが本当に正しいかどうかは分からない。だから『これが正しいことだよ』と思わせる人が一番強いんだ」ー王子

作中でもこのように発言する王子ですが、どんなことでも自分の命令に従わせるように、何を痛めつけたら人が自分の思うがままに動くかを静かに観察しながら1つ1つの言動を慎重に決めています。そのため、人を思いやる道徳心や良心はこれっぽちもありません。私はこの「人の上に立とう」とする王子の思考そのものが、伊坂幸太郎が描く「悪」の本性であると捉えました。

「あの人よりも優位な位置につきたい」「あの人にごまをすれば自分の評判は上がるだろう」このように、周りに人間関係を構築するときに考えたことのある人は少なくはないのでしょうか。そうなのです、この「王子」が抱える黒さは、誰しも人間の内にある劣等感、そしてエゴをあらわしているのです。

「人を甚振ろうとしたり、人を侮辱したり、とにかく人より優位に立とうとする奴らってのは本当にくさい」ー木村茂

「くさい」という表現とともに、作中で現れる木村茂は「王子」のことをこのように表現しています。電話口で話した声のトーン、選ぶ言葉だけでこのように感じる悪人の「くささ」。人の上に立つこと、はたまた誰かを自分のいいように操ろうとする思考は、他者を痛めつけるだけではなく、自分にとって本当に大切な人や心を失うことになるのでは。

唯一生還した「天道虫」の存在

新幹線の中、殺し屋4人と極悪人「王子」がてんやわんやするのですが、最終的に生き残ったのは一番力が弱そうで生き残らなさそうな「天道虫」です。彼が生き残ったのには、何かしらの理由があるはずですが、一番印象的なのは木村茂が彼のことを「君は全くにおわないな」という場面です。これは「王子」に対する印象とは対照的で、「君は全く人の上に立とうという思考や、侮辱しようという思考がない」と言っているようなものです。最終的に、そのような良心ともいえるような心を持つ天道虫が生き延びたのは、伊坂幸太郎が伝えたかった真意なのかも。

ちなみにですが、この人物は村上春樹の「僕」いすごく似ていてめちゃくちゃ好きなキャラクターでもあります(どうでもいい)。

最後に

最初に本書を読んだのは多分高校生の頃だったので、なんだか懐かしくも、「こんなシーンあったっけ?」となるような場面もいくつかありました。再発掘したような気分になれて楽しかったです。物語の帰結はかなりスカッとするいいエンディングなので、憂さ晴らしに読んでもいいかも。



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