掌編小説 コバルトブルーの背中

 近くのため池に、カワセミがいるらしい――。
 その話を聞いたとき、私は半信半疑だった。あんなきれいな鳥が、こんなところに?
 でも、確かに同じ通学団の上級生は、「カワセミを見た」と言った。その上級生とは仲が良く、彼女が嘘をつくなんて到底思えなくて、頭が混乱する。
 カワセミが本当にいるのならこの目で見てみたい、というのが本音だった。鳥類図鑑を愛読している私にとって、カワセミは近いようでとてつもなく遠い存在で、図鑑でしかお目にかかれないものだと思い込んでいた。それが突然、会えるかもしれない状況になったのだから、混乱するのも仕方がない。 

 休日に、友達と一緒にそのため池へ行ってみることになった。鳥類図鑑と双眼鏡をショルダーバッグに入れ、半信半疑のままため池へ向かう。自宅から少し離れたところの、小さな土手を登った先に、そのため池はあった。着いて早々、友達も私も辺りを見渡す。何もいない。
 やっぱり、運が良くなければ見られないものなのかな。がっかりするのと同時に、心のどこかで期待していた自分に気付く。希望を捨てきれなくてしばらく待ってみたが、何の気配もない。
「いなさそうだね、帰ろうか」

 高く鋭い鳴き声が聞こえてきたのは、そんな会話をしていたときだった。
「あっ!」
 友達が声を上げて、指を差す。近くの雑木林から、一羽の鳥がため池の方へ飛んで来るのが見えた。私は、慌てて双眼鏡を取り出して確認した。
 カワセミだ!
 友達と一緒に、小さく歓声を上げる。すぐそこに、カワセミがいる。ため池のほとりに、ちょこんととまっているのが見えた。
 夢か現か分からないというのは、このことなのだろうか。時間の流れが、とてもゆったりとしているように感じた。
 カワセミの背中に光が当たると、コバルトブルーがきらりと輝く。あのコバルトブルーは、どの宝石よりも美しい。遠くから眺めるだけで十分だった。幸福感が、私の心を満たしていった。

 帰宅すると、私は鳥類図鑑のカワセミのページを開いた。「カワセミ」という名前の横に、赤いペンで小さな印を付ける。この目でしっかり見ました、の印だ。
 きっと、今日のことはずっとずっと忘れられない大切な思い出になる。そう確信して、まだ残っている高揚感に浸った。