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プラダを着た悪魔の、その先に。


ファッションの仕事なんてイメージだけ華やかで、実際はむちゃくちゃ地味だ。

今日は朝から12時間以上、スタジオでひたすら撮影。ビッグブランドの新作を発売前に見られるのは幸運なのかもしれないが、それを100個も見ていけばその感動なんて徐々に薄れ、やがて疲労だけが残る。セッティング、撮影、撤去、またセッティング、その繰り返し。ああ喉が渇く。三連休なんてお構い無しだ。

途中で祖母が電話をかけてきて、先日の誕生日や従兄弟の結婚式の話をしたがった。
「ごめんおばあちゃん。私、仕事中で今、電話ができないの」
そう言って切るのは、なんだかとても気がひけた。ふつうの職種じゃないから、祝日だって仕事が入る。そんなこと90代の彼女にはきっと理解できないだろう。

ごめんね。なんでこんなことしてるの?ふつうの仕事でいいじゃない、って思うよね。私もたまに思うもの。

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くたくたになってようやく撮影が終わったとき、ロケバスのおじさんが送迎に来てくれた。大量の撮影アイテムを、スタッフ5人がかりで荷台に運び入れる。スペース確保のため座席を倒してしまったので、スタイリストさんと私は助手席にぎゅうぎゅうになって座った。

「すみません、お待たせして。荷物も多くてご迷惑をおかけしました」
おじさんにそう謝ると
「いやいや全然。僕ね、昔雑誌の仕事に関わってて。だからちょっとおたくらの気持ちが分かるの。広告代理店に勤めていて大手化粧品会社のページとかを作ってたんだよ」
「へえーそうなんですか! 凄い」
スタイリストさんと私が驚きの声をあげる。
「ハマっちゃうよね、あんな仕事。僕のアイデアが採用されて形になったりするんだもん、そりゃ楽しかったよ。化粧品の写真、いっぱい撮ったなあ…」
おじさんは運転しながら、楽しそうに回想した。

キラキラ光る過去。
おじさんの誇れる仕事。
それはとても、素敵なお話だった。

夜の道路を走行しながら、私はおじさんの作った美しいビューティーページを想像した。新作コスメの世界観を表現するキービジュアル。おじさんの考案した企画と、その実現に向けた数々の挑戦。それを思うと、なんだか分からないけど、ちょっと泣きたくなってしまった。


ロケバスは、会社の車寄せまで荷物を運ぶのが仕事だ。なのにおじさんは到着後も「手伝ってあげるよ」と言って台車を押して、コーディネートルームまで私たちの荷物を両手いっぱい運んでくれた。
「ありがとうございます、こんなことまで。男性が手伝ってくださると、本当に作業があっという間に終わります」
と頭を下げると
「うん大丈夫だよ、お疲れさま」
と笑って、おじさんはまた車を走らせて去っていった。

彼はとても親切だった。まるで過去の自分を労うかのように。


帰途、もうすっかり空いている夜中の電車に揺られながら、私はこう思った。
私もいつか、おばあちゃんになったときに語るのだろうか。

「私ね、昔ファッションの仕事をしていたのよ。ランバンやマックイーンのショーをこの目で見たわ。ヴィヴィアン・ウエストウッドに取材したりもした。ハマっちゃったわ、だって彼らの作品を通して見る世界があまりにも美しかったんだもの」

そんな未来があるのなら、きっとこの現在も、そう悪いものではないのかもしれない。とりあえず明日は、ゆっくりおばあちゃんに電話をしよう。そうやって、私は少しずつバランスをとっていくのだ。ファンタジーとリアリティ、仕事への情熱と家族への愛を、いつかすべて抱きしめるために。

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