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手の鳴る方へ 一


もう一歩も動けないと
貴方は両手を伸ばす
その手に花束を握らせる

それから私も両手を伸ばす
大事なものは決して
手放してはならない


夕闇の中で、貴方を見失う。
とても見晴らしのいい場所だった。
低い野山と、見渡す限りの田園が広がっている。
電柱すら少ない畦道では、これ以上暗くなると足下すら見えなくなる。
貴方は、基本的には、人見知り。
けれど人以外には興味を抱く。
虫であれ野うさぎであれ、動くものに心を動かされる。
そして、また人ではないものといえばこの世ならざる者との相性もいいらしい。
呪いの人形を拾ってきたり、親戚の集まりでは気が付いたら11人いるといった怪現象を呼び込んだりする。
それでも、危険なことや命を脅かされるような事はなかった。
ちょと不思議なことが貴方の周りには起きやすい。
両親ともに、ほとんど霊感がないのにである。
逢魔が時の神隠し。
私は引き返すか、帰路に着くのかの二択を迫られている。
ここに留まっている理由はない。

私は

引き返す→


家に帰る

スーパーで買った食材の中に挽き肉があったことを思い出す。
こんな時に、考える事が夕飯のメニューというのは我ながら非常識ではないかと思う。
一方で、冷静さを欠いてもいい結果が得られないというのはこれまで学んだ教訓の一つでもあった。

貴方が帰ってきた時に、食卓に好物のハンバーグとサラダを用意するのが私の役割ではないだろうか。
ただ待つのではなく、貴方が帰る家は此処なのだと忘れないでおくための日常の儀式。

ゆっくりと歩きだすと、大きな鳥が羽ばたく音がして見上げるがそこには何もなかった。








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