自己分析って意外と大事だよ

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彼女くんがマッサージを受けている間、スタバで本を読んでいる。

湯川英樹のエッセイ。

ボーアとかハイゼンベルクとかプランクとか量子系の名だたる物理学者がどんな人だったとかそういうことが書いてある。

量子力学はやっぱりもうちょっとちゃんとやりたかったかなあ。電子軌道についてはもっと知りたいと思いながら、結局大学ではあまり勉強しなかった。

その後は湯川秀樹の自分のことが書いてある。今はこの辺を読んでる。

小学生の頃、夏休みに学校で三重まで海水浴をするイベントがあったらしい。夜は蚊帳の中で2人1組になって寝るらしく、夕方までに仲のいい人と組を作っておいてと言われたが、湯川秀樹はちょうど1人余ってしまった。

このことが強烈に思い出に残っていて、もともと内向的であった性格がもっと内向的になり、本を読んで生活するようになったと。

そして、そのうち思考は何をして生きていくかということになり、今はまっている小説を書くか、でも大人の煩わしさが文学の世界にはありそうだ、童話だったらどうかというような思考をしていたらしい。

次の関心は哲学に移っていき、結局学者になるしかないと思い、学者の中でも人との交渉が少ない分野に行った。

まだ何も成していない頃は、松尾芭蕉の「ついに無才無能にして、この一筋につながる」という言葉を励ましにしていたらしい。

本の中で、徒然草の全然知らない部分を引用するときもあるし、相当本を読んでいたんだろうなという感じがふつふつとする。

ここまでが本の話。

小さい頃の強烈な体験がその人の性格や考え方の方向性を決めている。誰しもがそうだろうと思っている。

自分であれば、小学生のときに短気な性格から人を傷つけ、それをきっかけに親にも泣かれた経験だ。

自分のこれまで行動、決断の原因を何層も遡ると大概はこの経験に行きつく。

ちょうどリーマンショックの時期で、父親が職についていない、兄が大学に行かずに遊び暮らしている、そんなときだったからついに親は涙したのだろう。

その事件から、どうやったら自分が落ち着いていられるかばかり考えるようになった。

自分はカッとなってしまったら何をしでかすかわからない。だから、なるべくそのような事態を避けるように生きてきた。

時間には余裕を持って生活する。せかせかしない。そのために準備をする。準備をしていないことはできないのが当たり前。だから、その時は潔く諦める。焦らなくていい。何が起きても焦らない。怒りたいようなことが起きたときは、諦めるようにその場から逃げて生きる。

親が泣いてしまったあの時期にリーマンショックがあったことは後から知ったことだが、兄が遊び暮らしていたことが親の悩みの種の一1つであったことは当時の自分でもなんとなくわかっていた。

だから、自分は勉強をして大学にいく。

その気持ちで勉強を始めた。勉強は準備をすればその準備が報われるので、自分の性格に合っていた。

ただ何をして生きるかはあまり考えていなかった。親は薬剤師等の国家資格やらがあれば職には困らないだろうと言っていた。しかし、薬学部など金のかかるようなことは、「金がない」が口癖だった親のためにはやめた方がいいと思い、モノは全て材料からできているし、材料でも学んでおけば職には困らないかと当時の自分が行ける範囲で親と同じような思考をして大学を決めた。

親という呪縛に囚われてずっと決断していたことにもう少し早く気づけばよかったと思っている。

特にどこかに帰結したいと思って書き始めた文章ではないので、終わり方がわからない。

けれど、こうして自分のことを振り返ると、自分が何を原因にどんな考え方をしているかがわかる。小さい頃の強い事件は大きくその人の性格を形作る。という事実に早い段階で気づいて、じゃあ自分はこの性格で何をしようかということを考えることは重要だと思う。

このような思考は、言うことをしっかり聞くような優等生であればあるほど、就活で急に自己分析をしろと言われるまでやらずに育ってきてしまう気がする。

自分がどんな人間だからどんなことをして生きていこうと考えるきっかけが今の教育、社会には少なすぎると思う。

というのが想起された本。

あとは単純に、やっぱり学問って面白い。もっと量子力学について知りたい。

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