感情の置き場
「延々と不安を聞かされる、こっちの身にもなってよ!」
やってしまった。また夫に怒られた。
私は常に不安と共に生きている。
全般性不安障害と強迫性障害だから。
今は定期的に受診し、認知行動療法の一種であるACTを実践中。つい先日、そこで「感情にも置き場」があるということを聞いた。
例えば私の場合、不安を
・厄介なもの
・避けたい
・目障りなもの
・捨てたい
・綺麗さっぱりなくしたい
・邪魔なもの
・たとえ小さかろうが「不安がある」時点で汚点
・「不安がない」状態でないと許せない
と考えている。
特に、「不安がない」状態でないと許せないというのは顕著で、例え0.1%でも気になることがあれば、とことん執着するという癖がある。
さらに、元々の気質として、
・心配性
・せっかち
・待てない
・分刻みで行動
・容量の悪さや時間や予定などの「余白」に対してイライラする(いつまでも予定が決まらないとか、時間になっても物事が始まらないとか。予定が狂うのも大の苦手)
・慌てん坊
・白黒はっきりさせたい
・0-100思考(99%は0と同じ)
・悪いところに目がいく
というところがある。
つまり、少しでも不安があったら、それを解消するために奔走することに余念がなく、むしろ問題解決的な行動として自分では良かれと思ってやってしまう。
不安というものはなくならない。ゼロになることはない。だけれど私は、不安を小さくするのではなく、文字通りゼロにするまで走り続ける。
決してゼロになんかならないのに。
自分を疲弊させ、周りをも振り回す。
それでもやめられない。止まらない。
かっぱ◯びせんもびっくりである。
調べまくってしまう。
確認しまくってしまう。
病院にも行きまくる。
口癖は、
「大丈夫かなぁ?」
「◯◯が心配なの、不安なの…」
「どうしよう」
冒頭に戻る。
だから今日もしんしんと怒られた。
頭ではちゃんと分かっている。
夫は私の不安解消装置ではないこと。
自分の感情は自分にしか処理できないこと。
でも私にはまだ「不安を置いておくこと」ができない。
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