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忘れられないクレープ屋さん。

家でクレープを焼くたびに、お気に入りのクレープ屋さんを思い出す。

大阪の天神橋筋商店街にある、丸山クレープ。

日本一長いと言われる天神橋筋商店街は、天一から始まり天六まで続く。丸山クレープは天三のあたりにあると言えば、知っている人ならだいたいあのあたりか、と察しがつく。

天神橋筋商店街がある街、天満には約七年住んだ。実家を除けば今までで一番長く住んだ街。

丸山クレープができたのは、天満に住み始めて何年経った頃だったか。ちょっとレトロな雰囲気の、こじんまりとしたそのお店が商店街から一歩出たところにできているのを見つけたときは心が躍った。


クレープが好きだ。
生地の量がちょうどいい。

ショートケーキでは多すぎる。甘いスポンジをいつも持て余す。だからケーキを食べるなら、いつもタルトかムースを選ぶ。

私はどうやら、甘さの許容量が人よりも少ないらしい。このことに気付いたのは、友人たちとカフェへ行くようになってからだ。

いつだって、彼女たちは甘い物をすぐに食べ終わる。瞬く間にテーブルの上は飲み物だけになる。

そこにいつまでも居座り続ける、私のケーキ。紅茶が先になくなって、仕方がないので水でケーキを食べる形になる。おいしさが半減してますますフォークが進まない。

ケーキならば、まず一回で切り取る量が違う。つまり一回で摂取できる甘さの量が違うのだ。私は甘い物が大好きだし、ケーキだって大好きだけれど、一回に一センチを味わうのが限界だ。

クレープとショートケーキは、構成要素だけ見ればほぼ同じだ。小麦・牛乳・卵・砂糖でできた生地に、ホイップクリームにいちご。

だけどそれぞれの割合が違う。クレープは全体に占める果物の割合が多い気がする。だから美味しく食べ切れるんじゃないか、と期待してしまう。

でもたいていは、ホイップクリームの甘さと量にアップアップする。だからたとえばアップルシナモンとか、ミックスベリーとか甘さが控えめそうなメニューを選ぶ。

本当は、シュガーバターを頼みたい。
初めてシュガーバターの存在を知ったときは衝撃だった。高校生や大学生の頃、ショッピングモールに入っていたクレープ屋さんには、そんなメニューは存在していなかった。

これこそ私が頼むべきものではないか。甘い物が食べたいけど、甘すぎるものが食べられない私こそが。

だけど高いのだ。いや、他のメニューに比べれば安いのだが、その明らかな原価のかかっていなさに対して高いのだ。

例えばホイップクリームいちごが780円だったとして。シュガーバターは500円だったりした。あくまで私が見かけたお店だけれど。いや、いちごと比べてどうとかが言いたいんじゃない。生地とバターと砂糖だけに500円出せない、と思ってしまう。コスパが悪い、とでも表現すればいいんだろうか。

そんなケチ臭い思想で、結局リッチなクレープを選んでしまう。そんなことを何度か繰り返した後に、丸山クレープに出会った。

ふむふむ、美味しそうだな。とメニューに目を通していた時、シュガーバターが目に入った。あ、ここはシュガーバターがあるタイプのクレープ屋さんだ!

そして価格を見て驚いた。250円だったのだ。安い!
すごく納得感のある価格だった。

どう考えたって今だ。今がその時だ。そう思ってシュガーバターをオーダーした。


丸山クレープは男女二人が営むお店だ。夫婦なのか親子なのか共同経営者なのか、関係性はわからないけれど、少しご年配の男性と、男性よりは若く見える女性と。私がシュガーバターを買うときは、いつも男性が作ってくれた。

まあるい黒い鉄板に、丁寧に生地を流す。竹とんぼのような道具で手早く生地を伸ばし、あっという間にひっくり返す。そしてとてつもなく大きなバターの塊を手にぐわしっと掴み、クレープの表面にこれでもかと塗りたくっていく。
みるみるうちにクレープがテカテカと光りだす。バターの塊がとろりと柔らかくなっていくのが、カウンターのこちら側からでもよくわかる。
クレープの端まで丁寧にバターを塗り終わると、満遍なく砂糖を散らしていく。

一連の動作をほーっと眺めている間に、クレープはもう完成。

手渡されたそれを一口頬張ると、じゅわっと温かいバターが溢れ出し、砂糖の甘さが優しく広がる。クレープ生地をこれ以上美味しく食べる方法があるだろうか。

この日以来、丸山クレープは私のお気に入りスポットになった。

夕方、ぐずる娘をベビーカーに乗せてあてもなく散歩するとき、最終目的地はたいてい丸山クレープだった。

甘いものが食べたいという私の欲求を、過不足なく満たしてくれる、シュガーバター。お値段もお手頃。


アメリカに来てから、私のお菓子作り習慣が変わった。それまでは誕生日やクリスマスなどのイベント時にケーキを焼くくらいだったが、アメリカでは割と日常的に作るようになった。私がフルタイムワーカーではなくなったこと、娘が幼稚園に入る年齢になりある程度の砂糖を許容できるようになったこと、かといってアメリカの市販のお菓子は甘すぎること、などの複合的な要因でこうなった。

クレープは、たいてい休日の朝に作る。

娘も夫も甘党なので、彼らはヌテラ(チョコ風味のペースト)やジャムをのせて食べているが、私はもちろんシュガーバター一択だ。

まだ熱い生地に、棒状のバターを滑らせる。これができるのは作っている人の特権だ。

私の手の熱と、フライパンからの熱でどんどん柔らかくなっていくバター。塗りながら、毎回丸山クレープを思い出す。


私のクレープを焼く腕も、随分上達したと思う。色んなレシピを試して、好きな味に辿り着いた。もうわざわざ外でシュガーバターを買う必要はない。

それでもやっぱりあのシュガーバターは特別だから、また食べたいな。もうきっと250円ではないだろうけど。

おじさんが、他では見たことのないサイズのバターを握りしめて、丁寧に作ってくれるクレープ。育児に疲れ切っていた私を癒してくれた、あの柔らかい黄金のクレープ。

その日までは、とりあえず自分で焼き続けます。



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