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生きる力

時には立ち止まっても良いか。
ずっと働いてきたんだから。
これまでパワハラ上司の下でもがき苦しんでいた。

どこで怒り出すか分からない、何が火種になったのか検討もつかないような性格。事務所の中でもお客さんの前でも怒り出す。

僕はいつも縮こまっていた。
恥ずかしさ以上に惨めだった。

それでもこの会社から離れたら生きていけないと思っていた。
耐えて耐えて、しがみつくようにしか僕には生きていけないんだと思っていた。

でもある日僕の心を繋ぎ止めている糸はプツリと切れた。
もう僕は生きていけない。消えた方が良いんだ。
その思いだけが僕を支配した。

家に帰ってもこの世から消えることだけを考えた。
こんな僕なんていなくなってしまえば良い。
僕がいなくなることで喜ぶ人はいても悲しむ人はいない。

悲しいがこれが現実。

でも最後1度良いから、僕の大好きなアーティストの声を聞きたい。
あの人の声を聞きたい。それが最後の望みだった。

その思いだけが僕をこの世に繋ぎ止めてくれた。

翌朝一睡も眠れなかったが、それでも会社へ行こうとした。
でも足が震え始めて、家から出ることが出来なかった。

電話をして休むことを伝えると罵声が飛んだ。
お前はもうクビだと言われた後電話は切れた。

クビか、それも良いか、自分にはもうあの会社は必要ない。
もういなくなるんだから。

その夜今度行われるライブのチケットを取った。
この日が僕の最後。

翌朝会社から電話がかかってきた。
「おい、なんで出社してないんだ?」
「昨日クビだと仰いましたよね。」
もうどうにでもなれと思っていた。

「お前その一言だけで辞めるのか、それで本当に良いのか?そんなお前じゃどこに行っても通用するわけないだろ。」

「通用するかどうかは知りませんけど、僕は辞めます。退職届だけ郵送します。」
そう言って電話を一方的に切った。

ライブまで1週間、その間もいろんなことを考えた。これまでの人生のこと。両親のこと。地元にいる友人達のこと。

彼等まで僕がいなくなることを望んでいるのかな。
望んでいるのかもしれないな。僕は何も返せなかったから。
でも少しぐらいは生きることを望んでいるかもしれない。

答えが出ぬままに、ライブ当日を迎えた。
ライブはすごく楽しかった。無名なアーティストだから小さなライブハウスでのライブ。

でも憧れていたアーティストは1曲目から僕の心境を察するように、大好きなバラードを歌ってくれた。必死に歌う姿を見て、僕は人目もはばからず泣いた。ただただ泣いた。

僕に歌ってくれているんだ。声に喰らい付くように聞いていると、彼はまるで生きろというように歌っている。

生きても良いんですか?
生きろ、どんな苦しい状況だって俺が見届けてやる、そう言っているように。

こんな僕でも生きても良いんだ。

曲が終わる頃には、僕の気持ちも変わった。
生きてやる、精一杯生きてやる。僕にまだ出来る事がある。
精一杯生きて、それでもダメだったらまたここに来れば良いじゃないか。

ありがとうございました、彼に向かって心の中で頭を下げる。

ライブは進行していったが、僕の頭の中では未来のことを考えていた。
あの会社からは抜けた、これからどう生きるか自分で決める。

僕は、僕は同じように苦しんでいる人を助けたい。
誰も消えたいと思うことのないような社会をつくりたい。
漠然とした考えだけど、それが1番最初に行き着いた答え。

じゃあその社会を実現する為に、自分には何が出来るだろう。
僕の過去の経験を伝えて、生きるヒントにしてもらえないか。
その方法をこれから考えよう。時間はたっぷりある。
家に帰ったらその方法を考えようか。




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