無免許医(Pさん)

 灯火管制みたいなカサを電灯に掛け、スポットライトじみた演出で照らされた患部を矯めつ眇めつし、メスでツンツン腫れたところをつついたりちょっと血を出して慌ててティッシュで拭いたりしながら、やっとのことで重い口を開いた医師がいた。
「これは、ガンですね」
「先生、なんのガンでしょうか」隣で一部始終を見ていた肉親が縋るように喚いた。
「何だかわからないけど、悪性でしょう。なんか悪い感じがする。こら、悪性の腫瘍め。この。この」またメスで突っついて結構な出血をしてしまったので慌ててアルコールをドバドバ掛けて何となくしみるから止血されるかなと思ったけどぜんぜんされなかった。患者が痛い痛いしみるというのをタオルで口を塞いだ。
「手術は明日の三時! 後払いでいいので、一千万円揃えて下さい。電子マネーでも可。忘れないように」と、膨らんでる横腹の腫れにマジックインキで大きな丸を描いた。「落ちるとは思いませんが」と、何かを区切るように、深い声量を使った。「ここだけはお風呂の時に流さないで下さい。場所忘れるから」
 核家族はマイホームに帰ってから、同じく灯火管制でもされたような通夜のような雰囲気が流れながら、会話を交わした。テレビでは「笑点」が流れていた。
「それでは山田君例のものを(はい、かしこまりました)。皆さんにはマッチョな人になって頂き、何かのトレーニングをして下さい。アタシが「ずいぶん鍛えてますね」と聞きますから、さらに何か一言。楽さん早かった」
「フン、フン」
「ずいぶん鍛えてますね」
「ええ、もう日本の政府はアテになりませんからね。自分の身体だけが頼りですよ」
「うまいね。一枚やって」
「明日、ほんとに手術するかなあ」
「怖いわ、なんとなく」
「あの天下の無免許医がついてるから、大丈夫だろう」
「なんかでも怖いわ。早く明後日になればいいのに」
「はい木久ちゃん。ずいぶん鍛えてますね」
「こっちに脳ミソが流れちゃったんかなぁ」
「山田君。かわいそうだから二枚やって」
「気持ちはわかるけれども。このまま放っておいても、悪くなるばかりだろう。これをお舐め」といって、父親が娘にドロップを渡した。
「これ、おはじきじゃないかな」
「違う違う。うそ言わないよ。舐めてみ」
「オェッ、やっぱりおはじきだった」
「昇太さん。ずいぶん鍛えてますね」

 天下の無免許医は、その晩、遠足の前の晩みたいにやけにソワソワして、何度も水を飲んだ。足浴を試してみたりもした。何となく癒される気分だった。足の皮だけやけにフヤけてしまった。アロマを垂らして、枕元の電灯を最弱にして、寝た。

 翌日、PASMOにパンパンに一千万円を詰めた父親と共に、意気揚々と家族が無免許医の元に訪れたのだが、「テナント募集」と張り紙がしてあるばかりでもぬけの殻、電話番号も通じなかった。

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