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HAPPY BIRTHDAY(ウサギノヴィッチ)

 悲しみの先には、喜びがあり、喜びの先に、憎しみがあり、憎しみの先に快楽がある。
 三十八になってもこの言葉の意味がわからない。今日はケーキを自分で買いに行き、一人で蝋燭に火をつけて、吹き消して、一人で人数分に取り分けて、食べた。
 悲しい気持ちが欠落しているのか、なんとも思わなかった。でも、蝋燭を吹き消したと同時に、クラッカーを鳴らした瞬間、祝われているような気がした。今まで、ここまで派手に祝われてきたことはなかった。本当は、プレゼントがもらえたら嬉しいのだけれども、それはわがままだからそこまでは言わない。
 本当はぼく一人ではなかったはずだったのに、と、ドン・キホーテで買ってきたドンペリ(三割引)のものを飲んでいたら、なんか腹の奥底がムカムカしてきた。今まで付き合ってきた女性のことがだんだんと、思い出されてきた。
 あゆみ、尚美、小夜、朋枝、優子、明子、瑠亜、あと誰かいたっけ? 自分ってこんなに女性経験少ないの? 逆に恥ずかしいと思ってしまう。窓の外で、カーテンから覗いている月が笑っているような気がした。それが嫌な感じがしてカーテンを思いっきり閉め切った。
 本当は、何人か結婚前提に付き合ったのもいたのになぁ。なにが悪かったんだろうか。多分、性格とか全部がいけなかったんだろうな。
 でも、女性といるよりも、男と一緒にいる方が気楽だもんな。なんでも話せるし、気を遣わないし。そうだよ。仕事先も男ばっかりだし、めっちゃ楽だし。
 あはは。酔ってるのかな。
 そうだ、最後に欲しいものと今年の目標でも書いてみようか。
 そうやって、なんで買ったかわからないノートに「欲しいもの:任天堂Switch。目標:無病息災と彼女を作る」と書いてそのまま机に突っ伏して寝てしまった。

 彼は夢の中では無敵だった。
 全世代的にいえば、スーパーマリオでスターを手に入れたのと同じ状態だった。いや、それでもわかりづらいないなら、鉄腕アトムだった。とにかく、なにが起きても、彼が登場すれば、一発で解決する状態だった。『とある魔術の禁書目録』の主人公ではない。「古畑任三郎」みたいに時間をかけて解決することもない。
 今日、彼は大学教授になっていた。大学で、犯罪心理学を教える役をする予定になっていた。一講義二十万。彼はスペシャリスト。彼は天才と呼ばれるべき人間だった。
 ただし、講義はつまらなかった。実践的な話が多く、興味を引く人もいる大学ならいいが、大学が日本家政大学の教養選択科目のうちの一つだからだ。だから、生徒も、二十人いるかいないか。大学の方も、彼に気遣って、大講堂を押さえたがあまりにも空白が目立ちすぎているのが難点である。
 でも、彼はスーパーマン、そこは気にしない。自分のペースで話を進めた。
 講義の中でも唯一最前列の真ん中の机に女性が一人熱心に聴いているのだが、今日は曇りで気圧のせいか、体調悪そうにしている。講義の中盤で突っ伏して寝てしまった。彼は大丈夫か心配に思って、話を中断して起こそうか、起こすまいか悩みながら話をした。すると、さっきまで立て板に水のごとくしゃべれていた彼が突然噛み噛みになってしまった。落ち着けるために購買で買ったボルヴィックを飲んで落ち着かせる。でも、もう彼女のことが気になってしまって、起こすことを決断する。
──おい、君、起きなさい。
 少しだけ肩を揺すった。これはセクハラ、パワハラではない。
──うっ、うぅん。
 と言った彼女は……

 まるで、金縛りにあったように身体が硬直している。見てはいけないものを見てしまったようだ。悪夢と言うのはこういこうものをいうのではないだろうか。手元には飲みかけのドンペリしかなく仕方なくそれを飲み、口の中を潤す。
 ふと、正面を見ると任天堂 Switchの箱と別れた七人の顔を部分的にくっつけた女性がそこにはいた。

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