【#2000字のドラマ】2秒で繋ぐ
今日もすり減らした―。
暗いベッドの中に潜り込む。
夜が明ければ、また、眩しすぎる朝が来る。
高校2年生の春。
私には友だちがいない。
黒縁メガネに、肩まで伸びた黒い髪。
他人と話すことも群れることもニガテだ。
同級生たちは、みんなで一緒に薄い氷の上に乗っているように見える。
何かあれば、すぐにパリンと割れてしまいそうな危うさ。
ひとりでいい。
浮かないように、決して目立たないように、
空気のように存在していたい。
気持ちとは裏腹に、
空気のように過ごせば過ごすほど、
浮いているし、目立っていることは自覚している。
世の中を思い通りに生き抜くことは、難しいものだ。
「おはよぉ」
寝ぼけながらリビングへ出た。
「マユカおはよ!」
母のユキコが弾ける笑顔で迎えてくれる。
マユカとは正反対に元気いっぱいのユキコ。
「今日も可愛くお弁当作ったからねぇ!」
ユキコはいつもSNS映えしそうなお弁当を作ってくれる。
昼食をひとりで食べていることを知ってか、知らずか、
空けたときにクスッと笑ってしまいそうなデザインが施されている。
本当に笑ってしまったときには、自分がとてもイタく思えてくる。
「マユカ、彼氏できたあ~?」
ユキコはニヤニヤしている。
鈍感すぎるのか、お茶らけているだけなのか分からない。
「できないよ」
友だちもできていないのに。
「あらら、でも毎日たのしい~?」
高校で上手くやっているのか、もしかしたら、
ユキコなりに心配しているのかもしれない。
「まあ、ほどほどに。生きがいもあるし」
「あら~、生きがい~!よかった~!」
娘が言うのも失礼かもしれないがユキコは単純だ。
「いってきまぁす」
高校までは徒歩で20分くらい。
バッグを持ってイヤホンをセットして、いざ登校。
玄関を出た先に見えた空は雲一つなくて、
目が痛くなるくらい黄色がかっていた。
―そう、こんなに根暗で陰キャな私にも、生きがいがある。
この生きがいのために、生きていると言っても過言ではない。
それは、登校時間にラジオを聴くことだ。
大人気アイドルの翔太がDJを務める平日朝7時~8時までの生放送番組。
7時40分に家を出て、20分間、視聴するスタイル。
翔太については、説明はいらないと思うけれど、
推しポイントも含めて紹介したい。
翔太はBORNという5人組ダンスヴォーカルグループのメンバー。
老若男女問わず大人気のアイドルグループだ。
5人とも歌もダンスも超超超一流。
ただ、テレビのバラエティー番組とかには、絶対に出演しない。
歌とダンスに全てを懸けている。
推しメンバーの翔太は、とにかく好青年!!!!!
誰もが憧れる生徒会長が、そのまま大人になったような!
黒髪、短髪、くっしゃっとする笑顔がもう!キュンです。
そして、極めつけは、ちょっと低めのイケボイス…。
好きになるしかありません!!!!!罪や~~~!
(コホンッ。取り乱しました)
で、翔太がDJを務めるラジオ番組が、1年前から始まった。
(歌とダンスに全てを懸けているんじゃ…?って声が聞こえてきそうだけど、細かいことは気にしちゃダメ!)
これは聴くしかない。
もちろん、ヘビーリスナーになったわけで、
それはそれは、耳が喜んで…。
(毎日、耳がありがとうと言ってます)
ラジオの最後には、翔太が「では、今日もがんばっていきましょう!」と言ってくれる。この言葉のお陰でわたしは毎日、頑張れている。
だって、人生を懸けて歌とダンス(とラジオ)を頑張ってる翔太から、ガンバレとかガンバッテでもなく、「がんばっていきましょう」なんて、俺と一緒に…みたいに言われたら、頑張れちゃいますやん!
学校でどれだけ、気を張って、心をすり減らしても、この一言で、満たされる。
なんて、考えていると空気の重い学校に着いてしまった。同時にイヤホンから聞こえる翔太の「がんばっていきましょう」の声。
ヨシ!
校門前で見上げた空は、さっきよりも少しだけ青く澄んで見えた。
翔太が「がんばっていきましょう」と声を発する時間は、たったの2秒くらいだろう。
この2秒で、心を動かされる私は、母親譲りの単純なタイプなののだろうか。
馬鹿なくらい、単純なのかもしれない、単細胞なのかもしれない。
でも、力が湧いてくる。
今日も生きるんだ!
私は、毎日を、2秒で繋ぐ。
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