見出し画像

フィリピン音楽と僕 7 - 優秀なパフォーマーを生み出すモールショーと商売ベタなフィリピン人

僕は他の国のことは全然詳しくないのでよくわからないが、フィリピンの特徴的な音楽プロモーションと思われるのが、「モールショー」だ。
もちろん日本でもアルバムやシングルのリリース後にツアーを組んだり、レコード店などでインストアライブを行ったりするが、規模が違う。CDが音楽を聴いたり音楽を販売する主なプラットフォームだった頃は、新作がリリースされると、メトロマニラを皮切りに全国の主だったデパート、ショッピングモールでライブを行う。新人もビッグネームもみなこのモールショーを全国津々浦々まで派手に展開していたのだ。

モールショーとは?

モールショーはモールツアーとも呼ばれ、文字通りショッピングモールやデパートなどの商業施設で屋内の広いスペース(大抵は建物一階のエントランス付近にある)を利用し、仮設のステージを設営、パイプ椅子を並べて簡単なライブパフォーマンスができるようにしたもの。
ソロシンガーの場合は、バンドが入ることは稀で、大体がカラオケだ。
料金は基本的に無料。出演アーティストのCDを買えばパイプ椅子に座ることができる「VIP待遇」を採っていることもあるが、整理券順に早い者勝ちで椅子に座れることもある。
オープンスペースなので、椅子に座れなくてもアーティストのパフォーマンスは十分に見ることができるし、音もモール中に響き渡るので、特に椅子をゲットしないと見劣りする・・・ということでもない。
ショーには大体進行役のMCが付き、背景には大写しにしたアルバムジャケットなどが貼られている。
ショーが終わると、オーディエンスをステージに上げて即席のサイン会。写真撮影にも気さくに応じている。

いかにも・・・な即席ライブイベントだが、アラネタコロシアムを満席にするようなビッグネームも新作アルバムをリリースした後は必ずモールショーを行っていた。
メトロマニラやセブ、ダバオなど主だった都市ではいろいろなアーティストが毎日のようにどこかでモールショーを繰り広げていた。

金儲けの場?

このように、モールショーはレコーディングアーティストにとって最大のセールスプロモーションの場だったのだ。
10曲ほど収録されたアルバムで250ペソ(550円)前後。日本人から見ると高くはないが、音楽CDに250ペソ出せる人はそれほど多くない。ポップ音楽に興味を持ち始めたティーンエージャーを含む若年層にとっては相当痛い金額だ。だから、クローズドな空間で外に音が漏れることをシャットアウトし、チケットを購入したりCDを買わなければならないとしたら、せっかくのリスナー層に自分のパフォーマンスが届かない。CD自体の売り上げも大切だが、人気度・知名度・好感度というのもアーティストにとっては重要だ。だからアーティスト側もオープンスペースで「タダで」聴かせることに頓着しない。
このモールショー、名前の通り大きなショッピングモールの広場を使って行われる。その費用は、というと基本的に招聘するモールが負担をしているようだが知名度やアーティストの立ち位置(これから売り出そうとしている新人なのか、映画などの挿入歌で話題となっている歌手・歌なのか)、でレコード会社側が応分の負担をすることもあるらしい。
モール側にとっては人気アーティストのパフォーマンスが間近で見れるモールショーは絶好の客寄せとなる。それもオープンスペースで上層階にまで響き渡るのだからこれほど費用対効果の高いイベントもないだろう。

学びの場?

上の動画はMorissette Amon (モリセット・アモン)がデビュー当時に行ったモールショーの模様。
観客の中に入りもみくちゃになりながら歌い、一緒に写真撮影までこなす。

もう一つ、下に貼付するのは、フィリピンでデビュー後、ラスベガスの高級ホテルなどで10年間にわたり専属シンガーとして活躍したLani Misalucha (ラニ・ミサルーチャ)が帰国してカムバックアルバムをリリースした時のモールショー。これは大型商業施設の中庭で行われたもの。

バックの演奏も生だ。
フィリピンを代表する女性シンガーの一人であるLani Misaluchaのこのパフォーマンスが無料で楽しめるのだからたまらない。(この時は、ステージ前の椅子に座れるのはアルバム購入という縛りがあったようだが)、モール中に漏れ響き渡る歌声は、ただモールのエアコンに当たりにきているだけの貧しい人たちにも確実に届いているはず。

一流のシンガーたちのパフォーマンスが楽しめるモールショーを通じて、フィリピンの若者たちは、プロの歌手の何たるか、人をエンターテインすることの何たるか、を学び取っていくのだろう。CDを買ったりコンサートに行かなくては生演奏を聞けないシステムだったら、夥しい数の貧しい人たちの中からあれほどたくさん世界的に評価の高いシンガー、エンターテイナーが輩出されるとは思えない。

フィリピンの公立学校には「音楽」という授業はないが、その代わりに「PE(フィジカル・エデュケーション)」という授業がある。体育のことだが、フィリピンでは音楽もこの授業で教わる。ダンスもスポーツも歌も一緒くただ。音楽も、頭でするお勉強とは別にフィーリングや体全体でするもの、という捉え方なのだろう。
もちろん、日本の学校のように一人一本ずつリコーダーやハーモニカが行き渡っているわけではない。というよりそんなもの個人で所有している人の割合は圧倒的に少ないだろう。しかし、だからと言って彼らは音楽という芸術の素晴らしさに触れられていないとか、音楽で気分を癒したりリラックスさせたりする機会を持てずにいるのではない。

ちょっと街に出れば、いや、街にでなくとも音楽はそこら中に溢れているし、モールで涼みながら世界的に評価されている上述のアーティストたちの歌声やエンターテインメントを、生で、至近距離で、体感しているのだ。
フィリピンの人たちは、貧しい者から裕福な者まで関係なく、幼い頃から上質な音楽に直接触れ、学ぶ機会を我々以上に持っていると言えるかもしれない。

やっぱりフィリピンは商売ベタ?

しかし、ショービズ界はおろかビジネス全般に素人の僕がみても、どこかホールのようなスペースで、入場料を取って行った方が収益も上がるだろうし、パフォーマンスに付加価値をつけることができると思う。日本を例に考えてもそれは明らかだ。
ちゃんとフィーを取って、支払った(チケットを購入した)人だけが楽しめる特別な場、ということにした方がアーティストの実入りも多いだろうし、また、観客の方もチケットを買うために一生懸命バイトに励む、お小遣いを消費する。経済を回すという意味ではその方が理にかなっているのかも知れない。

ざっくりいうとフィリピン人は効率よく儲けることがヘタなのだ。与えられた条件の下で最も利益が上がる方法を徹底的に詰めることをしないのだ。

経済的に発展途上であるが故にフィリピンの人たちはさまざまな不便や苦労を強いられている。だからそこから抜け出すために様々な支援策が行われているが、その時、彼らに経済的豊かさを与えるという大義名分のために彼らかが手放さねばならないものがあるということにも、慎重に、本気で目を向けなければならないと思う。
つまり、彼らの、彼らの社会の、持つ価値を正しく認識するということだ。
すごーい!とか、感動した!とかのふんわりざっくりしたことではない。
なぜ経済的に貧しいのに、資本主義社会の中でも高く評価される才能を数多く輩出できるのか?そういう社会をどのように獲得し、維持し続けてきたのか?その(フィリピンの)社会がフィリピンの人たちに与える影響は具体的にはどんなものなのか?
それを知ることは、フィリピンを理解し我々のフィリピンに対するスタンスを正しくしてくれると同時に、我々が我々自身のことを正しく認識することにも繋がるような気がしている。

デジタルの時代

音楽を楽しむ最も身近なプラットフォームがLP、CDなどのフィジカルフォーマットからデジタルへ移行した現在、フィリピンのアーティストがファンへ向けたアピールの仕方も新しい方法の模索を余儀なくされている。アルバムリリースもデジタルとなり、それほどシングルとアルバムの差がなくなってきたこともある。なによりアルバムを手に取ってみることができたり、ブースに山積みになっているところをみることもできなくなった。モールショーを見て気に入ったファンが帰りにブースで購入する、ということもなくなった。他にも様々な理由はあるだろうが、とにかくモールショーの数は減少傾向にある。

突拍子もないアイデアで話題のWish 107.5

世界的なアーティストを生む源泉の一つとも言えるモールショー、ライブが少なくなり、これからどうなっていくのか?と心配していたけれど、そこはフィリピン。何でも思いつくのだ。
突拍子もないアイデアが生まれた。それが、マニラベースのFM局「Wish 107.5」だ。
1987年開局と歴史もあるFM局だが、この局のユニークな点は、毎日注目のシンガーを呼んで生歌をライブオンエアしているそのスタジオにある。
2014年、なんと観光バスをスタジオに改造してしまったのだ。そのバスの中で収録、オンエアが行われる。しかもオンエア中のスタジオが市内の一般道を走り回るのだから驚きだ。窓もあるので、行き交う車や沿道の歩行者も中のシンガーに気付き手を振る光景も。
歌はもちろんラジオでも聴けるし、YoutubeやFacebookのWish 107.5のオフィシャルページではリアルタイムでその様子をみることができる。

Wish Bus

なんとも奇抜な発想だが、これがフィリピン国内だけでなく海外での注目も浴びるようになった。FM局がオフィシャルで配信しているライブ動画なので、Youtubeでも高音質だ。歌っているのはもちろん実力でのし上がってきたフィリピン人シンガーだ。世界中の音楽系YoutuberがWish busのライブを取り上げるようになった。

思わぬ効果も

このユニークな企画はファンへのアピールだけではなく、思わぬ効果も呼んだ。
世界中の音楽プロデューサーやアーティストもこの番組をみていたのだ。

上の動画はMorissetteがWish 107.5のバスに乗り込み、英国のR&BグループLittle Mixのヒット曲をカバーした時のものだが、現在2億回近いアクセスを獲得している。この動画がきっかけで、マライア・キャリーを世界のスターにした敏腕プロデューサー、レット・ローレンスの目に止まり、わざわざ彼女のコンサートを見るためにフィリピンへ渡航、ついには彼女を自分のホームグラウンドに招待した。契約は結局うまく行かなかったようだが、彼女の話題は世界中を駆け巡った。

もう一人、紹介しよう。

若手シンガーBugoy Drilon (ブゴイ・ドリロン)がマティシアフのレゲエヒットOne Dayをカバーした時のもの。
この動画を見た全米ツアー中のマティシアフ本人がBugoyをアメリカに呼び、ステージでこの曲をBugoyと共演するというハプニングが起こった。

Wish 107.5がバスを走らせはじめたのは2014年。まだメジャーアーティストはみなCDでアルバムを出していたので、デジタル化に真正面から対応するアイデアではなかったと思うが、フィリピン人アーティストの実力を国内だけでなく一気に世界のリスナーの目に広めたという点では注目に値するだろう。

フィジカルフォーマットからデジタルダウンロード、ストリーミング配信と、まだ音楽をリスナーに届ける手段は模索段階だと思うので、これからも色々と試行錯誤がなされるだろう。
しかしフィリピン人の常識にとらわれないアイデアは、フィリピン人アーティストのライブの魅力をこれからも世界に向けて発信し続けていくことと信じている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?