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名言とともに「学ぶ」を考える|辻 勇人

辻 勇人
理学部教授・有機化学

 人生はよく山登りに例えられます。大学に入学した時点が頂上で、後は楽勝!と考える人も居るようですが、頂上に見えたのは実は単なる小さなコブであり、卒業後の社会ではもっと険しい道が待ち構えていることに気づきます。その険しい道を走破するためにも、大学でぜひ身につけてほしいことがあります。先人の言葉をもとに少し具体的に見てみましょう。

『教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているものである』

 光電効果や相対性理論で有名な物理学者、アインシュタイン博士の言葉です。これは、「学校で習うことは社会では無駄なので勉強しなくても良いのだ」という意味では決してありません。学校、特に大学では、高度に専門的な知識を得ることも目的の一つですが、それを超越したことを身につけることが大学で学ぶ真の意義であると私は解釈しています。
 「超越したこと」とは何か? 私が最も重要だと考えるのは、自身で考え・行動するための方法論を身につけ、新しいものやアイデアを生み出す力を育てることです。

 私の専門の化学を例にとると、高校までのお勉強では、物質の色や反応を覚えることが大半で、化学は暗記科目というイメージがあったかもしれません。大学の化学では一転して、「なぜそうなるのか?」を考えることに重点が置かれます。大学3年生までの授業や実験・実習では、答えがあるものを題材にして、いくつかの基本原理に基づいてその現象を解釈します。つまり、考える訓練を行います。4年生からは卒業研究で実践です。「行動」のステップに入ります。研究には用意された答えはありません。「仮説を立てて実証する」という科学のプロセスを以て未解決の問題に挑みます。まさに、「学問」の文字どおり「学びて問う」段階に入ります。時々、「化学とは関係のない会社への就職が決まったので、卒業研究はテキトーで良いのだ」と考える人も居るようですが、それでは大学で学ぶ総仕上げの機会を逸してしまうことになり、大変モッタイナイです。アインシュタイン博士は次のようにも言っています。『学びは体験である。それ以外は情報でしかない』。4年間全力を尽くし、体験することで初めて自分の中に残るのです。

『勉強する苦しみは一時的、勉強しなかった苦しみは一生』

 ハーバード大学の図書館に書かれた20箇条の落書き(貼り紙)のうちの一つです。この「落書き」の真偽はいろいろ言われていますが、皆さんが大学で学ぶ上で、さらには今後の人生の行動指針として心に留めておくと良いものがあるので、是非20個全部に目を通してみてください。ググればすぐに出てきます。「誰が言ったかではなく、何を言ったかが大切」の良い例です。

 表題の言葉を出発点として少し話を広げましょう。一般に人生の熟成期は25歳と言われています。つまり、皆さんは今人生のボーナスステージにいます。まだまだ頭も体も柔軟な皆さんには実感がないと思いますが、そこを通り過ぎたオジサンには痛いほどわかります。10代、20代前半における、何事に対しても吸収して自分のモノにする早さと率の良さが。「落書き」の別項目には『物事を始めるベストのタイミングは、遅すぎると思ったときだ』『学ぶのに遅すぎることはない』と意訳されることもある)というのもあります。確かに、学びは一生続くものですが、ボーナスステージ中とその後では効率が大きく違います。この「落書き」のさらに別項目にはこうあります。『君が無駄にした「今日」は、敗者たちが欲した「明日」である』『苦しみなくして得るものなし』。面倒なことから逃げて、徒にボーナスステージの時間を失うのはモッタイナイことです。今がまさに人生のパワーアップのチャンスです。

『之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず』

 この言葉は聞いたことがある人も多いでしょう。『論語』の一節です。「知っている人は好む人には及ばない。好む人は楽しむ人には及ばない」という意味です。
 例えば、関連がないと思っていた「情報A」と「情報B」が、論理的に考えると有機的につながっていることに気づく時があります。情報がつながることで新しい世界が開け、どんどん楽しくなってきます。その次元に到達したらしめたものです。学部でも経験するチャンスはありますし、研究はこの繰り返しです。私の経験では、失敗した時の情報と新たな情報・仮説をもとに上手くいく方法を考え、それらがうまくつながった時に、世界で誰も作ったことのない分子や、アッと驚く新機能が実現し、楽しみの極みがやって来ます。

 これらの楽しみは一時的な苦しみの後にやって来ます。苦しい時点で諦めたらモッタイナイです。上方落語の桂枝雀師匠は『笑いは緊張の緩和によって生まれる』と説きました。苦しみ=緊張、楽しみ=笑いと置き換えると分かりやすいでしょう。『最後に笑う者が最もよく笑う』とも言われます。何かをやり遂げ、その楽しさを知る。この経験を在学中に是非味わって下さい。うちのラボの入り口には、数年前の卒研生が在学中に書いたビラが貼ってあります。『合成してみない?ハマっても知らんけど……』。楽しさを経験した人だけが到達する領域です。

 山の例えに戻りましょう。ある登山家が『なぜ山に登るのか?』と聞かれて『そこに山があるから』と答えたという話は有名です。では、『なぜ学ぶのか?』と聞かれたら、どう答えるか。私ならこう答えます。『そこに未来があるから』。皆さんはどうでしょう?

辻 勇人
理学部教授・有機化学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2021年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。