外国語習得の秘訣|彭 国躍
「勉強には秘訣なんてないよ。頑張るしかない」と言われたら、皆さんはどう反応するのだろう。若い頃の自分なら「そうだろうね」と頷いたかもしれないが、いまの私には、「あるよ。外国語の習得なら、確実にある」と自信をもって言える。しかも「若いほどコツが効く」と念を押したい。
外国語をペラペラしゃべる人が羨ましい。自分もそんな人間になりたい。そう願う学生は、決して頑張りたくないから「秘訣」を求めているわけではない。ほとんどの学生は、「必死で頑張っているのに、なぜ?」という切実な思いを抱いている。
外の条件が同じであれば、確かに頑張らないよりは頑張る方がよかろう。しかし、現実には同じように頑張っている二人の間で差が出るケース、つまり一方はしゃべれるのにもう一方はしゃべれない、時にはどう見てもしゃべれない方がより頑張っているという事実が存在する。そんな時「頑張るしかない」というアドバイスは、その学生の耳には無性に虚しく響くだろう。悩んだ末「結局は、自分は頭が悪いからってことじゃないの」と諦める学生を見ると、ついつい「ちょっと待って、コツを教えてあげる」とお節介をやきたくなる。悩みから解放され、のびのびと成長した過去の教え子たちの爽快な笑顔を思い浮かべると、皆さんにも悩まれる前に早く外国語習得の勘所を伝えたいという衝動に駆られる。
秘訣一:「技」という言語能力の本質を正しく理解する
どんな目標を目指すにしても、それに到達する最適な方法が存在する。山の頂上に立ちたいなら、目標の山頂がどの方角にあるかを正確に把握しておく必要がある。方向が間違っていればいくら頑張っても頂上に立つことはない。外国語の学習で挫折したケースの大半は言語能力の本質に対する理解不足によるものである。
人間の能力を「知識系」と「技能系」に大きく分けるとしたら、言語能力は本質的に「技能系」に属する。知識能力は知っていることの広さと深さで評価されるが、技能能力はある行為や作業のスピードとスムーズさで評価される。その意味で大量に本を読んだり講義を聞いたりすることで知識を蓄え、「知」の能力を高めることはできるが、それだけでは「技」としての言語能力を高めることはできない。水泳関連の本を読んで水泳に関する知識を得ることはできるが、それで泳げるようになった例は皆無である。技能系の能力には、運動神経が使われる様々なスポーツの外に、バイクや自動車の運転、飛行機の操縦なども含まれる。「技」の習得に、知識はまったく要らないと言っているわけではない。言語能力を伸ばすのに、役に立つ知識もあれば、足かせになる知識もある。子供の会話を観察すると、豊富な知識や深い思索などは決してことばを操る前提ではないことが自明となる。そして、「自分は頭が悪い。外国語の勉強に向かない」といった考え方も捨ててよい。人間の脳は、病理上の問題さえなければ、誰でも外国語をそのネーティブ並みに習得する能力を備えている。
以上のことをしっかり肝に銘じていれば、あなたは外国語の「技」を磨く心構えができたことになる。
秘訣二:「技磨き」という演習授業の最適な受け方を身につける
外国語も母語と同じで、スムーズなコミュニケーションでは通常1秒以内で脳内の情報処理が行われる。瞬時の情報処理能力の習得は練習の回数が決定的である。もう一度強調するが、頭のよさは関係ない。テキストの単語や本文の朗読にしても、例文や文章の暗唱にしても、その発音の正確さ、スムーズさにおいて、3回やった人は30回やった人には太刀打ちできず、30回やった人は300回やった人には歯が立たない。3000回とまで言わなくても、朗読や暗唱の回数を増やしていく内に、ネーティブ並みの語感や反応が身につくようになる。パイロットの採用試験には常に操縦時間数が重要視される。3000時間の操縦士と一万時間の操縦士との間では評価の差が歴然としている。滑らかで正確な瞬間判断が問われる「技」ゆえの評価基準である。
大学の外国語の演習授業はまさに「技磨き」の時間である。教員の努力とは別に、学生が自分で授業の受け方を工夫するだけでかなりの学習効果が期待できる。その工夫とは、教員が授業中他の学生への(朗読、暗唱)指示や(外国語による)質問は、すべて自分への指示と質問として真剣に受け止め、(声は出さないが)口を動かして積極的に反応する。時にはいま当てられた学生と競争する感覚でやってみる。学生が20名いるクラスで教員が毎回の授業で平均一人に2回当てるとしたら、あなたは毎回の授業で40回当てられたことになる。つまりあなた自身の授業の受け方の工夫だけで(余暇やバイトの時間を犠牲にしなくても)他の学生より20倍の練習チャンスを得たことになる。2カ月試しにやってみて下さい。最初は自分より早くスムーズにできるクラスメートが結構いたかもしれないが、いつの間にかあなたはクラスでトップレベルの会話力を持つようになる。他の学生も同じことをやっていれば、そのクラスは学年トップのクラスになる。そうなると、毎回の演習時間は脳トレのジムと化し、いい汗をかき、達成感たっぷりの楽しいものになる。
もし大学の4年間これを実践してみるとあなたが決心したら、外国語ネーティブと自由に談笑する自分の姿はもう届かぬ遠い夢の話ではなくなる。
秘訣三と四を書くスペースがなくなってしまった。もう、大丈夫だろう。秘訣の一を知り、二を実践していれば、三と四も自ずと分かってくるだろう。いや、どうしてもいまそれを知っておきたい学生がもしいれば、学部、学科に関係なく、いつでも私の研究室のドアをノックしてください。
『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。
この文章は2021年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。